徒然草(上)

第31段 雪のおもしろう降りたりし朝


 雪のおもしろう降りたりし朝、人のがり言ふべき事ありて*、文をやるとて、雪のこと何とも言はざりし返事に*、「この雪いかゞ見ると一筆のたまはせぬほどの、ひがひがしからん人の仰せらるゝ事、聞き入るべきかは。返す返す口をしき御心なり*」と言ひたりしこそ、をかしかりしか。

 今は亡き人なれば、かばかりのことも忘れがたし*

人のがり言ふべき事ありて:「がり」は人や人称代名詞に続いて「許(もと)」の意を持つ。ある人の許に 、の意。

雪のこと何とも言はざりし返事に:この雪について何も書かずに手紙をやったら、その返書に、。

この雪いかゞ見ると一筆のたまはせぬほどの、ひがひがしからん人の仰せらるゝ事、聞き入るべきかは。返す返す口をしき御心なり :この雪をどう思いましたか?ぐらいのことを書いて寄こさないような「無趣味の人」の言うことなど、聞く耳を持たない。なんとも無念なことだ。と言った人がいた が、実に興趣のあることだ。

今は亡き人なれば、かばかりのことも忘れがたし:こんなことを言っていた人も今はもういないが、こんなことも忘れがたい良い思い出だ。


「もののあはれ」を解さない人間には困ったものだ、ということ。今時、こういう人間は珍しくともなんともないが。古来、この国の文の文化では、「初時雨」・「初雁」・「ほととぎすの声」・「鶯の初音」・はじめての「蛍」等々は便りを書くべきタイミングであった。ここは 初雪。


 ゆきのおもしろうふりたりしあした、ひとのがりいうべきことありて、ふみをやるとて、ゆきのことなにともいわざりしかえりごとに、「このゆきいかゞみると ひとふでのたまわせぬほどの、ひがひがしからんひとのおおせらるること、ききいるべきかは。かえすがえすくちおしきみこころなり」といいたりしこそ、おかしかりしか。

 いまはなきひとなれば、かばかりのこともわすれがたし。