徒然草(上)

第5段 不幸に憂に沈める人の、


 不幸に憂に沈める人の*、頭おろしなどふつゝかに思ひとりたるにはあらで*、あるかなきかに、門さしこめて、待つこともなく明し暮したる*、さるかたにあらまほし*。顕基中納言の言ひけん*、配所の月、罪なくて見ん事、さも覚えぬべし。

不幸に憂に沈める人の:不幸 にも幸運に恵まれず、憂いに沈んでいる人が、。ここでは、不運にも、出世の機会が得られなかったことを表している。
頭おろしなどふつゝかに思ひとりたるにはあらで:剃髪などをあまり思慮もなくやったというのではなく。
あるかなきかに、門さしこめて、待つこともなく明し暮したる:ひっそりと、門を閉じて、期待がましくなく、暮らしている。
さるかたにあらまほし:そういう風なのが好ましい。
顕基中納言の言ひけん:中納言顕基。鴨長明『発心集』巻5の8「中納言顕基、出家・籠居の事」にある出家遁世の人の例。「 朝夕、琵琶をひきつつ、罪なくして、罪をかうぶりて、配所の月を見ばやとなん願はれける」と遁世のおもいの厚かった人。彼が遣えた後一条天皇が亡くなった後に出家遁世した。「配所」は流人の配流された場所。そこなら誰にも煩わされずに閑に人生が送れるというのである。作者は、これを「さも覚えぬべし(そのように思われることだ)」と肯定している。


 吉田兼好の人生観、世捨てを肯定する思想が開陳されている。


 ふこうにうれえにしずめるひとの、かしらおろしなどふつつかにおもいとりたるにはあらで、あるかなきかに、かどさしこめて、まつこともなくあかしくらしたる、さるかたにあらまほし。あきもとのちゅうなごんのい ゝけん、はいしょのつき、つみなくてみんこと、さもおぼえぬべし。