徒然草(上)

第3段 万にいみじくとも、


 万にいみじくとも*、色好まざらん男は*、いとさうざうしく*、玉の巵の当なき心地ぞすべき*

 露霜にしほたれて、所定めずまどひ歩き*、親の諫め、世の謗りをつゝむに心の暇なく*、あふさきるさに思ひ乱れ*、さるは、独り寝がちに、まどろむ夜なきこそをかしけれ*。 

 さりとて、ひたすらたはれたる方にはあらで*、女にたやすからず思はれんこそ*、あらまほしかるべきわざなれ。

万にいみじくとも :万事に優れていても、の意。
色好まざらん男は:色好みしない男。恋もできないような堅物という否定的な意味 であって、現代用語の好色ではない。
いとさうざうしく:「さうざうし」は「さくさくし」の音読み。つまり、物足りないこと、索漠としていること。
玉の巵の当なき心地ぞすべき:<たまのさかずきのそこなきここちぞすべき>と読む。玉<ぎょく>とは翡翠<ひすい>などをいう。ヒスイで出来たせっかくの盃なのに、底から水が漏れてしまうような気分がする。
露霜にしほたれて、所定めずまどひ歩き :夜露やら早朝の霜に濡れそぼれて、あたりかまわず歩き回る、の意。歩き回るのは「恋」のためなのであるが。。。
親の諫め、世の謗りをつゝむに心の暇なく:<おやのいさめ、よのそしりをつつむこころのいとまなく>。「つつむ」は慎むの意で「気がねする」、「遠慮する」こと。親の諫言や世間の非難に気を配る ばっかりに、心にゆとりがなくなること。
あふさきるさに思ひ乱れ:あれやこれやと思い苦しむこと。
さるは、独り寝がちに、まどろむ夜なきこそをかしけれ:さては、女のもとに寄り添えるわけでもなくて独り寝 をして、まんじりともしない夜を過ごすなんどというのは悪くない。
ひたすらたはれたる方にはあらで:「たはれたる」とは、「おぼれること」、「惑溺すること」。ここでは、ただ女に夢中になるのではなくて、の意。
女にたやすからず思はれんこそ:女性から「たやすい」と思われない、つまり「あの男なら私の思い通りになることだ」などと見くびられないこと。それが男の理想というものだそうだ。果たして、兼好法師はそんなにもてたのかしら????。

 まず、恋をする男を肯定し、その肯定の程度は、女性に夢中になって悶々とするのも良いという。

 だが、もっといいのは女性にもてることだと言う。まあ、当たり前と言えば当たり前で、そのためににはどうすればよいとは書いてないのだから、この段も大して参考にはならない。


 よろずにいみじくとも、いろこのまざらんおとこは、いとそうぞうしく、 たまのさかずきのそこなきこゝちぞすべき。

 つゆしもにし おたれて、ところさだめずまどいありき、おやのいさめ、よのそしりをつゝむにこころのいとまなく、あうさきるさにおもいみだれ、さるは、ひとりねがちに、まどろむよなきこそ おかしけれ。

 さりとて、ひたすらたわれたるかたにはあらで、おんなにたやすからずおもわれんこそ、あらまほしかるべきわざなれ。