續猿蓑

巻之上


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續猿蓑集 巻之上
 
 

                  芭蕉

八九間空で雨降る柳かな

 春のからすの畠ほる聲       沾圃

初荷とる馬子もこのみの羽織きて   馬見

 内はどさつく晩のふるまひ     里圃

きのふから日和かたまる月の色     沾

狗脊かれて肌寒うなる         蕉

澁柿もことしは風に吹れたり      里

 孫が跡とる祖父の借銭        見

脇指に替てほしがる旅刀        蕉

 煤をしまへばはや餅の段       沾

約束の小鳥一さげ賣にきて       見

 十里ばかりの余所へ出かゝり     里

笹の葉に小路埋ておもしろき      沾

 あたまうつなと門の書つ け      蕉

いづくへか後は沙汰なき甥坊主     里

 やつと聞出す京の道づれ       見

有明におくるゝ花のたてあひて     蕉

 見事にそろふ籾のはへ口       沾

春無尽まづ落札が作大夫        見

 伊勢の下向にべつたりと逢      里

長持に小挙の仲間そはそはと      沾

 くはらりと空の晴る青雲       蕉

禅寺に一日あそぶ砂の上        里

 槻の角のはてぬ貫穴         見

濱出しの牛に俵を運ぶ成り       蕉

 なれぬ娵にはかくす内証        沾

月待に傍輩衆のうちそろひ       見

 籬の菊の名乗さまざま        里

むれて来て栗も榎もむくの聲      沾

 伴僧はしる駕のわき         蕉

削やうに長刀坂の冬の風        里

 まぶたに星のこぼれかゝれる     見

引立てむりに舞するたをやかさ     蕉

 そつと火入におとす薫        沾

花ははや残らぬ春のたゞくれて     見

 瀬がしらのぼるかげろふの水     里


                 馬見

雀の字や揃ふて渡る鳥の聲

 てり葉の岸のおもしろき月     沾圃

立家を買てはいれば秋暮て      里圃

 ふつふつなるをのぞく甘酒      見

霜氣たる蕪喰ふ子ども五六人      沾

 莚をしいて外の洗足         里

悔しさはけふの一歩の見そこなひ    見

 請状すんで奉公ぶりする       沾

よすぎたる茶前の天氣きづかはし    里

 有ふりしたる國方の客        見

何事もなくてめでたき駒迎       沾

 風にたすかる早稲の穂の月      里

臺所秋の住居に住かへて        見

 座頭のむすこ女房呼けり       沾

明はつる伊勢の辛洲のとし籠り     里

 簔はしらみのわかぬ一徳       見

俵米もしめりて重き花盛        沾

 春静なる竿の染          里

鶯の路には雪を掃残し         見

 しなぬ合点で煩ふて居る       沾

年々に屋うちの者と中悪く       里

 三崎敦賀の荷のかさむ也       見

汁の實にこまる茄子の出盛て      沾

 あからむ麥をまづ刈てとる      里

日々に寺の指圖を書直し        見

 殿のお立のあとは淋しき       沾

錢かりてまだ取つかぬ小商       里

 卑下して庭によい料理くふ      見

肌入て秋になしけり暮の月       沾

 顔にこぼるゝ玉笹の露        里

此盆は實の母のあと問て        見

 有付て行出羽の庄内         沾

直のしれた帷子時のもらひ物      里

 聞て氣味よき杉苗の風        見

花のかげ巣を立雉子の舞かへり     沾

 あら田の土のかはくかげろふ     里


                 里圃

いきみ立鷹引すゆる嵐かな

 冬のまさきの霜ながら飛      沾圃

大根のそだゝぬ土にふしくれて    芭蕉

 上下ともに朝茶のむ秋       馬見

町切に月見の頭の集め銭        沾

 荷がちらちらと通る馬次       里

知恩院の替りの噂極りて        見

 さくらの後は楓わかやぐ       沾

俎の鱸に水をかけながし        里

 目利で家はよい暮しなり       見

状箱を駿河の飛脚請とりて       沾

 まだ七つにはならぬ日の影      里

草の葉にくぼみの水の澄ちぎり     見

 伊駒気づかふ綿とりの雨       沾

うき旅は鵙とつれ立渡り鳥       里

 有明高う明はつるそら        見

柴舟の花の中よりつと出て       沾

 柳の傍へ門をたてけり        里

百姓になりて世間も長閑さよ      見

 ごまめを膳にあらめ片菜       沾

賣物の澁紙づゝみおろし置       里

 けふのあつさはそよりともせぬ    見

砂を這ふ棘の中の絡線の聲       沾

 別を人がいひ出せば泣        里

火燵の火いけて勝手をしづまらせ    見

 一石ふみし碓の米          沾

折々は突目の起る天氣相        里

 仰に加滅(減)のちがう夜寒さ     見

月影にことしたばこを吸てみる     沾

 おもひのまゝに早稲で屋根ふく    里

手拂に娘をやつて娵のさた       見

 参宮の衆をこちで仕立る       沾

花のあと躑躅のかたがおもしろい    里

 寺のひけたる山際の春        見

冬よりはすくなうなりし池の鴨     沾

 一雨降てあたゝかな風        里


                 沾圃

猿蓑にもれたる霜の松露哉

 日は寒けれど静なる岡       芭蕉

水かゝる池の中より道ありて     支考

 篠竹まじる柴をいたヾく      維然

鶏があがるとやがて暮の月       蕉

 通りのなさに見世たつる秋      考

盆じまひ一荷で直ぎる鮨の魚      然

 昼寐の癖をなをしかねけり      蕉

聟が来てにつともせずに物語      考

 中国よりの状の吉左右        然

朔日の日はどこへやら振舞れ      蕉

 一重羽織が失てたづぬる       考

きさんじな青葉の比の樅楓       然

 山に門ある有明の月         蕉

初あらし畑の人のかけまはり      考

 水際光る濱の小鰯          然

見て通る紀三井は花の咲かゝり     蕉

 荷持ひとりにいとヾ永き日      考

こち風の又西に成北になり       然

 わが手に脉を大事がらるゝ      蕉

後呼の内儀は今度屋敷から       考

 喧嘩のさたもむざとせられぬ     然

大せつな日が二日有暮の鐘       蕉

 雪かき分し中のどろ道        考

來る程の乗掛は皆出家衆        然

 奥の世並は近年の作         蕉

酒よりも肴のやすき月見して      考

 赤鶏頭を庭の正面          然

定らぬ娘のこゝろ取しづめ       蕉

 寐汗のとまる今朝がたの夢      考

鳥籠をづらりとおこす松の風      然

 大工づかひの奥に聞ゆる       蕉

米搗もけふはよしとて歸る也      考

 から身で市の中を押あふ       蕉

此あたり弥生は花のけもなくて     然

 鴨の油のまだぬけぬ春        考


   今宵譜

                野盤子

                   支考

今宵は六月十六日のそら水にかよひ、月は東方の乱山にかゝげて、衣裳に湖水の秋をふくむ。されば今宵のあそび、はじめより尊卑の席をくばらねど、しばしば酌てみだらず。人そこそこに涼みふして、野を思ひ山をおもふ。たまたまかたりなせる人さへ、さらに人を興ぜしむとにあらねば、あながちに弁のたくみをもとめず、唯うきぐさの水にしたがひ、水の魚をすましむるたとへにぞ侍りける。阿叟は深川の草庵に4年の春秋をかさねて、ことしはみな月さつきのあはいを渡りて、伊賀の山中に父母の古墳をとぶらひ、洛の嵯峨山に旅ねして、賀茂・祇園の涼みにもたヾよは す。かくてや此山に秋をまてれけむと思ふに、さすが湖水の納涼もわすれがたくて、また三四里の暑を凌て、爰に草鞋の駕をとヾむ。今宵は菅沼氏をあるじとして、僧あり、俗あり、俗にして僧に似たるものあり。その交のあはきものは、砂川の岸に小松をひたせるがごとし。深からねばすごからず。かつ味なうして人にあかるゝなし。幾年なつかしかりし人々の、さしむきてわするゝににたれど、おのづからよろこべる色、人の顔にうかびて、おぼへず鶏啼て月もかたぶきける也。まして魂祭る比は、阿叟も古さとの方へと心ざし申されしを、支考はいせの方に住ところ求て、時雨の比はむかへむなどおもふなり。しからば湖の水鳥の、やがてばらばらに立わかれて、いつか此あそびにおなじからむ。去年の今宵は夢のごとく、明年はいまだきたらず。今宵の興宴何ぞあからさまならん。そヾろに酔てねぶるものあらば、罰盃の数に水をのませんと、たはぶれ あひぬ

                     芭蕉

夏の夜や崩て明し冷し物

 露ははらりと蓮の縁先       曲翠

鶯はいつぞの程に音を入て      臥高

 古き革籠に反故おし込       維然

月影の雪もちかよる雲の色      支考

 しまふて銭を分る駕かき      芭蕉

猪を狩場の外へ追にがし        翠

 山から石に名を書て出す       高

飯櫃なる面桶にはさむ火打鎌      然

 鳶で工夫をしたる照降        考

おれが事哥に讀るゝ橋の番       蕉

 持佛のかほに夕日さし込       翠

平畦に菜を蒔立したばこ跡       考

 秋風わたる門の居風呂        然

馬引て賑ひ初る月の影         高

 尾張でつきしもとの名になる     蕉

餅好のことしの花にあらはれて     翠

 正月ものゝ襟もよごさず       高

春風に普請のつもりいたす也      然

 藪から村へぬけるうら道       考

喰かねぬ聟も舅も口きいて       蕉

 何ぞの時は山伏になる        翠

笹づとを棒に付たるはさみ箱      高

 蕨こはばる卯月野ゝ末        蕉

相宿と跡先にたつ矢木の町       考

 際の日和に雪の氣遣         然

呑ごゝろ手をせぬ酒の引ぱなし     翠

 着かえの分を舟へあづくる      高

封付し文箱來たる月の暮        蕉

 そろそろありく盆の上臈衆      考

虫籠つる四条の角の河原町       然

 高瀬をあぐる表一固         翠

今の間に鑓を見かくす橋の上      高

 大キな鐘のどんに聞ゆる       然

盛なる花にも扉おしよせて       考

 腰かけつみし藤棚の下        高


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