芭蕉db

笈の小文

(序)


 百骸九竅の中に物有*、かりに名付て風羅坊*といふ。誠にうすものゝのかぜに破れやすからん事をいふにやあらむ。かれ狂句を好こと久し。 終に生涯のはかりごとゝなす。ある時は倦で放擲せん事をおもひ*、ある時はすゝむで人にかたむ事をほこり*、是非胸中にたゝかふて*、是が為に身安からず。しばらく身を立むことをねがへども*、これが為にさへられ*、暫ク學で愚を曉ン事をおもへども*、是が為に破られ*、つひに無能無藝にして只此一筋に繫る*。西行*の和歌における、宋祇*の連歌における、雪舟*の繪における、利休*の茶における、其貫道する物は一なり。しかも風雅におけるもの、造化にしたがひて四時*を友とす。見る處花にあらずといふ事なし。おもふ所月にあらずといふ事なし。像花にあらざる時は夷狄にひとし*。心花にあらざる時は鳥獣に類ス。夷狄を出、鳥獣を離れて、造化にしたがひ、造化にかへれとなり。


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表紙 年表


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 この書き出しは実に堂々としたものである。西行・宗祇・雪舟・利休などの先人の名を上げることで、「俳諧の芭蕉における」道の確立に自信を秘めていることを隠さない。また、芭蕉の『荘子』への傾倒ぶりは文体からも伺われる。自らの人生を振り返る精神的 余裕も伺われる序文である。