芭蕉db

木因宛書簡

(鳶の評論)

(天和2年2月上旬 芭蕉39歳)

書簡集年表Who'sWho/basho


    一日芭蕉翁より文通あり。其書面*
当地或人附句あり*。此句江戸中聞人無御座*、予に聽評望来候へ共、予も此附味難弁候*。依之為御内儀申進候*。御聞定之旨趣ひそかに御知せ可下候*。東武へひろめて愚之手柄に仕度候*
     附句
  蒜の籬に鳶をながめて*
 鳶のゐる花の賎屋とよみにけり
 二月上弦*                    はせを
木因様

 この書簡は、芭蕉から木因に宛てた『鳶の評論』として知られるものであるが、真蹟は紛失し、木因のコピーとしてのみ現存する。芭蕉は、附け句に同字・同物の鳶を入れたが、これは連句としては禁則である。それを作者を隠してわざと木因に意見を求めているのである。
 この書簡に対して下記のように木因が返書を認めている。もとより、この作者が芭蕉であることは百も知りながら、木因はとぼけた風をして、脇句を和歌における詞書と見立てれば古くからあることだとして、容認の返事を書いているのである。二人の文人の豊かな教養が滲み出た往復書簡となっている。

其返書曰、

 花蝶拝見*、或人之附句、貴丈御聞定無之、依之愚評之儀、予猶考に落不申申(ママ)候故、乍残念及返進申候。隨而下官*去比在京之節、古筆一枚相求候。此キレ京中定ル人無之候。何れの御代の撰集にや、貴丈御覚候はゞ、ひそかに御知せ可下候。花洛にひろめて愚之手柄に仕度候。

  菜園集*  巻七

    春 俳諧哥

     蒜のまがきに鳶をながめ侍りて*

    鳶の居花の賎屋の朝もよひ

    まきたつ山の煙見ゆらん

    二月下弦*             木因

  芭蕉翁

右趣段、もやう心に叶ひ申候哉、返翰之感章如*