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前くろみて高き樫木の森
咲花に小き門を出つ入つ ばせを此前句出ける時、去來曰、かゝる前句全體樫の森の事をいへり。その氣色を失ハず、花を付らん事むつかしかるべしと、先師の付句を乞けれバ、かく付て見せたまひけり。
咲花に小き門を出つ入つ:「くろみて高き樫木の森」(大きな樫の木のうっそうと生えた森)という前句では、全山樫の森だから、その雰囲気を壊さずに且ここに花の句を付けるというのは無理だという去来の問いかけに対する芭蕉の答え。桜が咲いたというので、人々は家の通用門を出たり入ったり。華やかな気分と黒くどっしりとした樫の森の対比で応えたというのであろう。なお、芭蕉には三井秋風宅で詠んだ句「樫の木の花にかまわぬ姿かな」(『野ざらし紀行』)がある。