S34
前句につと朝日に迎ふよこ雲
青みたる松より花の咲きこぼれ 去來初にすつぺりと花見の客をしまいけりと付侍る。付ながら先師のかほつきおかしからず*。又前を乞ふて此句を付直す。先師曰 、いかにおもひて付直し侍るや。去來曰、朝雲の長閑に機嫌よかりしを見て、初に付侍れど、能見るに此朝雲のきれいなる氣色いふばかりなし。此をのがしてハ詮なかるべしとおもひかへし、つけ直し侍る*。先師曰 、やはり初めの句ならば三十棒なるべし。なを陰高きを直すべしと、今の五文字に成けり*。
初にすつぺりと花見の客をしまいけりと付侍る。付ながら先師のかほつきおかしからず :この前句に対して最初は「すつぺりと花見の客をしまいけり」と付けたのだが、そのとき芭蕉の顔を見たら実に不機嫌。再度戻って「陰高き松より花の咲きこぼれ」と付け直したもの・
此をのがしてハ詮なかるべしとおもひかへし、つけ直し侍る:芭蕉が尋ねた「なぜ付け替えたのだ?」「はい、にっと朝日に迎う横雲」の機嫌よいに調子を合わせましたが、よく見ると横雲美しさが際立っていたのでこれを受けなくてならないと思い直しました、と答えた。
やはり初めの句ならば三十棒なるべし。なを陰高きを直すべしと、今の五文字に成けり :芭蕉は、初めの付けでは「三十棒<さんじゅうぼう=禅宗で、師が修行者を警策で激しく打って、正しい道へ教え導くこと。また、そのような厳しい教導。痛棒(『大辞林』)>だったね。「陰高き」も少し陰気だから「青みたる」にせよといって終わったという。