S22
下京や雪つむ上のよるの雨 凡兆此句初冠なし*。先師をはじめいろいろと置侍りて、此冠に極め給う。凡兆あトとこたへて、いまだ落つかず*。先師曰、兆汝手柄に此冠を置べし。若まさる物あらば我二度俳諧をいふべからずト也*。去來曰、此五文字のよき事ハたれたれもしり侍れど、是外にあるまじとハいかでかしり侍らん。此事他門の人聞侍らバ、腹いたくいくつも冠置るべし*。其よしとおかるゝ物は、またこなたにハおかしかりなんと、おもひ侍る也。
此句初冠なし :<このくはじめかんむりなし>と読む。「下京や」は芭蕉を交えて後から附けたということ。
凡兆あトとこたへて、いまだ落つかず:凡兆は「あっ」と答えたけれど、それでも何となく落ち着かない様子であった。そこで芭蕉は凡兆に、「凡兆手柄だ!これを枕に使え」と言ったという。
若まさる物あらば我二度俳諧をいふべからずト也:もし「下京や」よりよい上五が付けられたら、私は俳諧師を止める。芭蕉の確信。
此事他門の人聞侍らバ、腹いたくいくつも冠置るべし :この話を蕉門以外の人が聞いたら冠をいくつも用意することであろう。だが、それを自分たちが見るときっと滑稽なものに映るに違いない。それが芭蕉の凄さというものなのだ。