S21
先師難波病床に人々に夜伽の句をすゝめて、今日より我が死期の句也*。一字の相談を加ふべからずト也。さまざまの吟ども多侍りけれど、たゞ此一句のミ丈草出來たりとの給ふ。かゝる時ハかゝる情こそうごかめ*。興を催し景をさぐるいとまあらじとハ、此時こそおもひしり侍りける*。
先師難波病床に人々に夜伽の句をすゝめて、今日より我が死期の句也 :<せんしなにわびょうしょうにひとびとによとぎのくをすすめて、きょうよりわがしごのくなり>。この事実は死の前日10月11日と言われている。「夜伽」を主題とする題詠を芭蕉は提案したのである。自分にアドバイスを求めないことを条件として。このときの去来自身の作は、「病中のあまりすするや冬ごもり」であった。
かゝる時ハかゝる情こそうごかめ:こういう場面ではこういう感情が動くでしょうね、の意。
興を催し景をさぐるいとまあらじとハ、此時こそおもひしり侍りける:感興を刺激して、詠むべき対象を探して作句するなどというような悠長な時間は無いということを、このときこそ思い知ったものだ。