D11
鶯の身を逆にはつね哉
鶯の岩にすがりて初音哉
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- 鶯の身を逆にはつね哉
其角
鶯の岩にすがりて初音哉 素行
去來曰、角が句ハ
乗煖の亂鶯也。幼鶯に身を逆にする曲なし。初の字心得がたし*。行が句ハ鳴鶯の姿にあらず*。岩にすがるハ、或ハ物におそはれて飛かゝりたる姿、或餌ひろふ時、又ハこゝよりかしこへ飛うつらんと、傳ひ道にしたるさま也。凡物を作するに、本性をしるべし。しらざる時ハ珍物新詞に魂を奪ハれて、外の事になれり*。魂を奪るゝは其物に着する故也。是を本意を失ふと云*。角が功者すら時に取て過有*。初學の人慎むべし。
- 去來曰、角が句ハ
乗煖の亂鶯也。幼鶯に身を逆にする曲なし。初の字心得がたし:<きょらいいわく、かくがくはしゅんだんのらんおうなり。ようおうにみをさかさまにするきょくなし。はつのじこころえがたし>。其角の鶯はもう春も盛りの季節で、鶯が暴れまわっている姿で、幼鳥の時に鶯は逆さまにとまったりなどしない。初音の初の字は理解に苦しむ。
- 行が句ハ鳴鶯の姿にあらず:素行の句も、これは鳴く鶯の姿じゃない。岩にすがるなどというのは、何かに襲われて逃げ回って岩にすがったか、餌を拾っているか、またはここからあっちへ飛び移るためにつかまったということだ。
- 凡物を作するに、本性をしるべし。しらざる時ハ珍物新詞に魂を奪ハれて、外の事になれり:<およそものをさくするに、ほんせいをしるべし。しらざるときはちんぶつしんしにたましいをうばわれて、ほかのことになれり>。作句するときには対象の本姓を知らなくてはいけない。しらないと珍しい物や新しい言葉に惑わされて、見当違いのことを詠んでしまいます。
- 魂を奪るゝは其物に着する故也。是を本意を失ふと云:<たましいをうばわるるはそのものにじゃくするゆえなり。これをほんいをうしなうという>。魂を奪われるというのは、対象に執着するためです。このことを「本意」を失うというのです。
- 角が功者すら時に取て過有:<かくがこうしゃすらときにとりてあやまりあり>。其角のような巧者ですら、魂を奪われているとこういう失敗を犯すものです。だから初学者は慎まなくてはいけない。