いよいよ最後の江戸下向の旅に出発する日、膳所義仲寺から大津の千那宛に書いた書簡。尚白の『忘梅』の千那序文について芭蕉が朱を入れたことで確執が生じ、長い間の師弟関係が崩壊する過程の書簡。これ以後、芭蕉と、千那や尚白との文通は残っていない。芭蕉としては、やることはやって後は如何なりとそちらの出方次第という態度で筆を止めている。師弟関係をみる貴重な書簡である。大津蕉門には、乙州・怒誰・曲水といった後発組がいて、初代門弟との間には何時しかそよそよした隙間風が吹くようになっていったのである。
御当地永々罷有候而、色々預二御芳志一不レ浅難レ盡奉レ存候:<ごとうちながながまかりありそうらいて、いろいろごほうしにあずかりあさからずつくしがたくぞんじたてまつりそうろう>と読む。長い間の後援への謝辞。
再会近歳と被レ存候:<さいかいきんさいとぞんぜられそうろう>と読む。近いうちにお会いできることでしょう、の意だが、千那とはこれが心理的にも実際にも最後の別れになった。
平田妙昌(明照)寺:<めんしょうじ>と読む。彦根市平田に有って門弟李由が住職をつとめていた。
尚白集御序文下書先日被レ遣候を考候處、集之序に難レ仕候故:<しょうはくしゅうごじょぶんしたがきせんじつつかわされそうろうをかんがえそうろうところ、しゅうのじょにつかまつりがたくそうろうゆえ>と読む。「尚白集」は、『忘梅』。その千那の書いた序文に、芭蕉が集の序に不具合として朱を入れたのである。これがもとか否かは分からないが、この時期、千那・尚白と芭蕉の間には軋轢が生じていたのである。
尚白へ御相談被レ成、前後此格御用、御つくろひ可レ被レ成候:<しょうはくへごそうだんなされ、ぜんごこのかくおんもちい、おつくろいなさるべくそうろう>と読む。尚白に相談して、序文の文章は私の文体などを参考にされて訂正して下さい、の意。
貴面御相談と存候へ共、御隙無レ之候故、残念に候:<きめんごそうだんとぞんじそうらえども、おひまこれなくそうろうゆえ、ざんねんいそうろう>と読む。お会いして相談できるとよかったのですが、お時間が無いようで残念です、の意。千那との間でも事態は相当に悪化していたようで、会えない状態だったのであろう。
芭蕉門に入りと云處、尚白心入も候はゞ御除可レ被レ成候:<ばしょうもん・・というところ、しょうはくこころいれもそうらわばおのぞきなさるべくそうろう>と読む。芭蕉の門に入ったという貴方の記述については、尚白の想いも有ることでしょうから除いて下さい、の意。
於二拙者一はかほど如在に致候而:<せっしゃにおいてはかほどじょざいにいたしそうらいて>と読む。「如在」とは眼前に神がいるように慎みかしこむことをいう。私は、神を面前にするように敬意を払っているのであって、の意。
一応無レ断内、和歌三神、別意かまへず候:<いちおうことわりなきうち、わかさんじん、べついかまえずそうろう>と読む。一方的に貴方に悪意を抱くようなことはことは、和歌の神様に誓ってありませんから。
堅田衆御意得可レ被レ下候:<かただしゅうにおこころえくださるべくそうろう>と読む。堅田の皆さんによろしくお伝え下さい、の意。