落柿舎から彦根の許六に宛てた書簡。上京に至る経路で彦根に立寄れなかった言い訳と、所望の絵が未だ未着手であること、来年の春には遅くとも江戸に帰る道筋で彦根によるであろうと言って、上方で生涯を終える覚悟で上京したのではないことを伺わせる書簡。なお、本書簡は彦根の許六から寄せられた書簡の返書となっていることが分かっている。
先日李由僧飛脚便にて膳所迄御芳墨相達し、其後御左右も不レ承候:<せんじつりゆうそうひきゃくびんにてぜぜまでごほうぼくあいたっし、そのごおんそうもうけたまわらずそうろう>と読む。李由は彦根の僧侶。その李由の雇った飛脚便に許六も芭蕉宛の書簡を委託した。その後はお手紙を頂いていませんが、お元気ですか、の意。
愈御無為に御勤被レ成候や、暑気之天無二心一元奉レ存候:<いよいよごぶいにおつとめなされそうろうや、しょきのてんこころもとなくぞんじたてまつりそうろう>と読む。お変わりも無く職務に精励しておられることでしょうが、この暑さの季節案じております、の意。
拙者兼而申達候通、風与上方へ出候而は:<せっしゃかねてもうしたっしそうろうとおり、ふとかみがたへいでそうろうては>と読む。かねて申していたとおり私は思い立って上方に上るについては、・・。
貴辺へまはり合延引に可レ成候半間、上り懸直にと存候處:<きへんへまわりあわせえんいんになるべくそうらわんあいだ、のぼりがけすぐにとぞんじそうろうところ>と読む。東海道を上って行き、彦根に立寄らないとあなたに会うのが延び延びになってしまうので、上りがけに直に彦根に立ち寄ろうと考えていたのですが、の意。
持病いかヾと古老・門下の者共達而東海道駕など力に可二上る一よし故、京・大坂・旧里を過候て、貴境へまはり合被レ申まじく候。:<じびょういかがところう・もんかのものどもたってとうかいどうかごなどちからにのぼるべきよしゆえ、きょう・おおさか・きゅうりをすぎそうろうて、ききょうへまわりあいもうさるまじくそうろう>と読む。持病が心配だから東海道で駕篭などを頼りにしながら上ってくれ、と江戸の好齋達や杉風などが言うものですから、京・大坂・伊賀などを通過して彦根に行くわけにも行きませんでした、の意。要するに彦根に立寄らずに今京都にいることの釈明である。
今年若延引に及候はヾ、来春下り懸に成共、是非御尋可レ仕候:<こんねんもしえんいんにおよびそうらはば、らいしゅんくだりがけになるとも、ぜひおたずねつかまつるべくそうろう>と読む。今年彦根に行けない場合には、来年の春また江戸に下るときには是非お尋ねしたいと思います、の意。芭蕉はこれが最後の帰省であるとは考えていなかったのがこの一文から察せられて面白い。
愚畫御望之上は、片時も早くと乍レ存、此方まはり合、遊行上人の道筋あしく候:<ぐぼくおのぞみのうえは、かたときもはやくとぞんじながら、このほうまわりああわせ、ゆうぎょうしょうにんのみちすじあしくそうろう>と読む。愚墨は、李由や許六が芭蕉の画を所望したのであろう。それを早く書きたいと思いながらなかなか機会がうまく取れず、一遍上人じゃないが道筋が見えません。遊行上人は語路合せで特に意味は無い。
其内随分無二他念一御勤、御秀作可レ承候:<そのうちずいぶんたねんなくおつとめ、ごしゅうさくうけたまわるべくそうろう>と読む。あなたはこの間、絵や俳諧にご精進なすって、その秀作を拝見したいものです、の意。
御作力感心之旨驚たる申分に候而、拙者大悦不レ少候:<おさくりょくかんしんのむねおどろきたるもうしぶんにそうろうて、せっしゃだいえつすくなからずそうろう>と読む。あなたの去来宛に送られた作品を見て、あなたの俳諧の力は大変なもので、私は大変喜んでいます、の意。