芭蕉db

岸本八郎兵衛(公羽)宛書簡

(元禄6年3月12日 芭蕉50歳)

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   岸本八郎兵衛様                      芭蕉桃青
貴翰辱、委細拝見仕候*。当春より之御待諸(儲)之御国茶・雪苔・此方へ被遣被下候*。誠御厚情不浅、辱賞翫、草扉之楽に可*、少手前静に成候はゞ、御志に而御座候間、いたづらには飲食仕間敷候*。且又烏之むだ書御所持可下之旨辱奉存候*。児童の筆をにぢりたるやう成も、暫時記念と思召可下候。乍去結構成御挨拶に被仰下痛入奉存候*
一、返々左吉事難忘、打寄打寄申出候*。昨夜京去来より又申越候。是正月晦日之状にて、呂丸生前之内之事に而御座候間、切秡(抜)候而懸御目申候。御縁類之方へ御語可成候。死後之状未去来より不参候。定而此上別条御座有まじく候。和合院状、随分具に候*
一、御発句五句被遣候*。扨々感心仕候。兼て呂丸・重行すゝめのよし、いかにも他の手筋に而毛頭無御座、愚案眼的之處にて大感仕候*。就中、砧之玉句逸作に覚申候*。重而号御書印可下候*。愚庵几右之むだがきの内へ書込置申度奉存候*。尤御暇も御座有間敷候へ共、御国に而は重行などゝ云捨被成候はゞ可然奉存候*。かゝる事に付ても呂丸残念に存候。重行嘸力落され可申候。
一、手前病人、一両夜少心持かろき躰に見え申候へ共、大病之義(儀)故、たのもし気薄く守り暮候*。誠隠閑葎の中まで世のありさまのがれがたく*、是非なき事に胸をいたましめ罷有候。元順・重行此度之便、呂丸帰国之節、細書可遣と兼而油断仕り置候處*、病人故あらましの事共、乍慮外宜奉頼候*。事閑に罷成候はゞ、戸沢勘右衛門殿迄頼候而、委曲可貴意*。御事多可思召、此方も事外看病草臥罷有候間、此度御音信御延引被遊可下候*。互露命つゝがなく候はゞ、再顔眉を開可申候*。 頓首
三月十二日
則膳所より申来候一段、切秡(抜)候而懸御目*。以上
 
呂丸義(儀)、御驚可遊と奉存候。京衆追善すゝめ被申候故、

   雁一羽いなで都の土の下

ケ様に仕候。随分不出来被存候。猶追々可申上候。 恐惶謹言
    二月廿一日

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 深川芭蕉庵から、旅立ち前の岸本八郎兵衛(公羽)宛書簡。末尾に、洒堂からの呂丸(近藤左吉)死去についての訃報を切り抜いて伝える手紙。