雁一羽いなで都の土の下
深川芭蕉庵から、旅立ち前の岸本八郎兵衛(公羽)宛書簡。末尾に、洒堂からの呂丸(近藤左吉)死去についての訃報を切り抜いて伝える手紙。
貴翰辱、委細拝見仕候:<きかんかたじけなく、いさいはいけんつかまつりそうろう>と読む。あなたからのお手紙を拝見致しました、の意。
当春より之御待諸(儲)之御国茶・雪苔・此方へ被レ遣被レ下候:<とうはるよりのおまちもうけのおくにちゃ・ゆきのり・こなたへつかわされくだされそうろう>と読む。この正月から楽しみにしていましたお茶・雪のりをこちらへお送り下さいました、の意。「雪苔」は、厳寒の日本海で採取する自然の海苔で特に美味とされ高価であった。
誠御厚情不レ浅、辱賞翫、草扉之楽に可レ仕、:<まことにごこうじょうあさからず、かたじけなくしょうがん、そうひのたのしみにつかまつるべく>と読む。御厚志ありがたく、恐縮しながら頂いておりますが、草庵の楽しみにすべく、・・・
少手前静に成候はゞ、御志に而御座候間、いたづらには飲食仕間敷候:<すこしてまえしずかになりそうらはば、おこころざしにてござそうろうあいだ、いたずらにはいんしょくつかまつるまじくそうろう>と読む。桃印の病気がよくなって私の身辺がもう少し穏やかになったらお心持をしのびながらゆっくり頂こうと思っております、の意。
且又烏之むだ書御所持可レ被レ下之旨辱奉レ存候:<かつまたからすのむだがきごしょじくださるべきのむねかたじけなくぞんじたてまつりそうろう>と読む。また、わたしの。「烏之むだ書」は先の公羽宛て書簡の「愚筆絵のあだ書」に相当する。芭蕉が描いた画で出羽の門人たちに贈るものを公羽が持参することになった。それを忝いといっているのである。
乍レ去結構成御挨拶に被二仰下一痛入奉レ存候:<さりながらけっこうなるごあいさつにおおせくだされいちあみいりぞんじたてまつりそうろう>と読む。それなのに,ご丁寧な御挨拶を頂き恐縮しております、の意。
返々左吉事難レ忘、打寄打寄申出候:<かえすがえすさきちことわすれがたく、うちよりうちよりもうしいでそうろう>と読む。それにしても左吉のことは忘れられず、皆で集まってはそのことばかり話しております、の意。
和合院状、随分具に候:和合院は、羽黒山別当代會覚阿闍梨。たまたま京にあって公羽の死に立ち会った。その會覚阿闍梨の手紙は公羽の死について詳細に書かれています、の意。
兼て呂丸・重行すゝめのよし、いかにも他の手筋に而毛頭無二御座一、愚案眼的之處にて大感仕候:<かねてろがん・じゅうこう…、…たのてすじにてもうとうござなく,ぐあんがんてきのところにてだいかんつかまつりそうろう>と読む。かねて呂丸や重行に従って研鑚れたというだけあって、他の流派のものではなく、まさに私の目に馴染みのものであって、大変感心いたしました、の意。呂丸は近藤左吉、重行は鶴岡藩士長山重行のこと.いずれも出羽蕉門の門人。
就中、砧之玉句逸作に覚申候:<なかんづく、きぬたのぎょっくいつさくにおぼえもうしそうろう>と読む。砧の句とは、『続猿蓑』所収公羽の作「そのかみは谷地なりけらし小夜碪」を指すか?
重而号御書印可レ被レ下候:<かさねてごうおかきしるしくださるべくそうろう>と読む。俳号を教えて欲しい、の意だが,これから見るに公羽という号は無かったようだ。少なくとも芭蕉は知らないことだけは確かで、それゆえ書簡宛先にも岸本八郎兵衛として、俳号は使われていない。
愚庵几右之むだがきの内へ書込置申度奉レ存候:<ぐあんきゆうのむだがきのうちへかきこみおきもうしたくぞんじたてまつりそうろう>と読む。私の庵の机の脇のメモ帳に(貴方の俳号を)記載しておきたいというのだが、意味不明。蕉門のメンバーとして登録しておくぐらいの意味か?
尤御暇も御座有間敷候へ共、御国に而は重行などゝ云捨被レ成候はゞ可レ然奉レ存候:<もっともおひまもござあるまじくそうらえども、おくにてはじゅうこうなどといいすてなされそうらわばしかるべくぞんじたてまつりそうろう>と読む。お暇もあまり無いかもしれませんが、お国に帰りましたら重行などと一緒に句作をすれば、きっと上達すると思います、の意。
手前病人、一両夜少心持かろき躰に見え申候へ共、大病之義(儀)故、たのもし気薄く守り暮候:<てまえびょうにん,いちりょうやすこしこころもちかろきていにみえもうしそうらえども,たいびょうのぎゆえ,たのもしげうすくまもりくらしそうろう>と読む。「手前病人」は桃印のこと。病人、ここ数日小康を得ていますが,大病のことゆえあまり期待せず看病しています、の意。
誠隠閑葎の中まで世のありさまのがれがたく:<まことにいんかんむぐらのなかまで…>と読む。こんな世間から隠遁している人間の草庵にまで、不幸は逃れがたく、の意。
元順・重行此度之便、呂丸帰国之節、細書可レ遣と兼而油断仕り置候處:<げんじゅん・じゅうこうこのたびのびん、ろがんきこくのせつ、さいしょつかわすべくとかねてゆだんつかまつりおきそうろうところ>と読む。元順や重行に宛てた便りは、呂丸が生きていて山形に帰るときに、詳しい書簡を持っていってもらおうと気楽に考えておりました、の意。元順は、酒田の医者。
病人故あらましの事共、乍二慮外一宜奉レ頼候:<びょうにんゆえあらましのことども、りょがいながらよろしくたのみたてまつりそうろう>と読む。病人が居ります故、思いがけず丁寧な手紙が書けませんので貴方から宜しく申し上げてください、の意。
事閑に罷成候はゞ、戸沢勘右衛門殿迄頼候而、委曲可レ得二貴意一候:<ことしずかにまかりなりそうらわば、とざわかんえもんどのまでたのみそうろうて、いきょくきいをうべくそうろう>と読む。私の身辺がもう少し平穏になりましたら、戸沢氏に頼んで、詳しい手紙を持っていってもらうように致します、の意。公羽に頼んだ手紙の粗略なことの言い訳。
御事多可レ被二思召一、此方も事外看病草臥罷有候間、此度御音信御延引被レ遊可レ被レ下候:<おんことおおくおぼしめさるべく、このほうもことのほかかんびょうくたびれまかりありそうろうあいだ、このたびごいんしんごえんいんあそばされくださるべくそうろう>と読む。あなたもご帰国で大変忙しいでしょうし、私の方も看病に疲れてしまっておりますので、この手紙に対する返信などは頂かなくて結構です、の意。
互露命つゝがなく候はゞ、再顔眉を開可レ申候:<たがいにろめいつつがなくそうらわば、ふたたびかおまゆをひらきもうすべくそうろう>と読む。貴方も私も命さえあれば、またお会いできることでしょう、の意。
則膳所より申来候一段、切秡(抜)候而懸二御目一候:<すなわちぜぜよりもうしきたりそうろういちだん、きりぬきそうろうておめにかけそうろう>。膳所の洒堂からの呂丸の訃報を切り抜いて添付します、の意。