徒然草(下)

第210段 「喚子鳥は春のものなり」とばかり言ひて、


 「喚子鳥は春のものなり」とばかり言ひて、如何なる鳥ともさだかに記せる物なし*。或真言書の中に、喚子鳥鳴く時、招魂の法をば行ふ次第あり*。これは鵺なり*。万葉集の長歌に*、「霞立つ、長き春日の」など続けたり。鵺鳥も喚子鳥のことざまに通いて聞ゆ*

喚子鳥は春のものなり」とばかり言ひて、如何なる鳥ともさだかに記せる物なし:「喚子鳥」は春の鳥だというだけで、それが何のことだかはっきり書いた書物はない。実はこの時代、歌の世界の春の鳥というだけで喚子鳥なる鳥の実態の無いものであった。現在では、「ホトトギス」のこととしているのだが。

或真言書の中に、喚子鳥鳴く時、招魂の法をば行ふ次第あり:「真言書」なるものは存在しないので何を指すか は不明。喚子鳥が鳴くときには、死者の魂を呼ぶ行法が書かれているという。

これは鵺なり:この鳥は、<ぬえ>のことだ。「ぬえ」は トラツグミの別名。ただし、鵺には、 源頼政が退治したという、伝説上の妖力をもった怪獣。頭は猿、胴は狸、尾は蛇、手足は虎、声はトラツグミに似るという。転じて、 つかみどころがなくて、正体のはっきりしない人物・物事、などという意味もある。(『大字林』参照)。

万葉集の長歌に:『万葉集』巻一にある長歌。「讃岐国安益郡<あやのこほり>幸<いでま>せる時、軍王<いくさのおほきみ>の山を見てよみたまへる歌」と題する長歌として、
「霞立つ 長き春日の 暮れにける 別<わ>きも知らずむらきもの 心を痛み 
鵺子鳥ぬえことり> うら<な>れば 玉たすき 懸けのよろしく 遠つ神 我が大王 行幸の 山越しの風の 独りる 衣手に 朝宵に 還らひぬれば 大夫<ますらを>と 思へるも 草枕 旅にしあれば 思ひる たづきを知らに 綱の浦の 海人処女らが 焼く塩の 思ひぞ焼くる 下情<したごころ>

鵺鳥も喚子鳥のことざまに通いて聞ゆ:この歌からみると、 鵺も「よぶこどりと同じもののように聞こえる。


 「ホトトギス」は文目鳥<あやめどり>・妹背鳥<いもせどり>・黄昏鳥<たそがれどり>・偶鳥<たまさかどり>・卯月鳥<うづきどり>・早苗鳥<さなえどり>・勧農鳥<かんのうちよう=田植えに関わって>・魂迎鳥<たまむかえどり>・死出田長<しでのたおさ>・杜宇<とう>。蜀魂<しよつこん>・しき・とけんなどなど実に多数の別名を有する。書き方も、「郭公」・「時鳥」・「不如帰」などなど。夜も啼いて渡ることから霊界との関係も濃密な鳥であった。


 「よぶこどりははるのものなり」とばかりいいて、いかなるとりともさだかにしるせるものなし。あるしんごんしょのなかに、よぶこどりなくとき、しょうこんのほうをばおこなうしだいあり。これはぬえなり。まんにょうしゅうのながうたに、「かすみたつ、ながき はるひの」などつづけたり。ぬえどりもよぶこどりのことざまにかよいてきこゆ。