徒然草(下)

第195段 或人、久我縄手を通りけるに、


 或人、久我縄手を通りけるに*、小袖に大口着たる人*、木造りの地蔵を田の中の水におし浸して、ねんごろに洗ひけり。心得難く見るほどに、狩衣の男二三人出で来て、「こゝにおはしましけり」とて、この人を具して去にけり*。久我内大臣殿にてぞおはしける*

 尋常におはしましける時は*、神妙に、やんごとなき人にておはしけり。

久我縄手を通りけるに:久我繩手は京都の鳥羽から大山崎に至る道筋。繩手 とは、まっすぐの長い道のこと。

小袖に大口着たる人:身分の高い人の公式行事における服装。ここでは普通の日にそんな服装で外出した気のふれた人。

狩衣の男二三人出で来て、「こゝにおはしましけり」とて、この人を具して去にけり:久我家の者達であろう二三人がやって来て、この大口を着た人を「ここにおられた」と言って、連れ帰っていった。

久我内大臣殿にてぞおはしける:源通基(1240〜1308)。内大臣にまでなるが、精神に異状をきたして失脚。

尋常におはしましける時は:健康だったときには、。


 「木造りの地蔵を田の中の水におし浸して、ねんごろに洗ひけり」も、この人の優しさではないのかしら?


 あるひと、くがなわてをとおりけるに、こそでにおおぐちきたるひと、きづくりのじぞうをたのなかのみずにおしひたして、ねんごろにあらいけり。こころえがたくみるほどに、かりぎぬのおのこふたみたりいできて、「こ こにおわしましけり」とて、このひとをぐしてさりにけり。くがのないだいじんどのにてぞおわしける。

 よのつねにおわしましけるときは、しんみょうに、やんごとなきひとにておはしけり。