徒然草(下)

第156段 大臣の大饗は、さるべき所を申し請けて行ふ、


 大臣の大饗は*、さるべき所を申し請けて行ふ、常の事なり*。宇治左大臣殿は*、東三条殿にて行はる*。内裏にてありけるを、申されけるによりて、他所へ行幸ありけり*。させる事の寄せなけれども*、女院の御所など借り申す、故実なりとぞ*

大臣の大饗は:<だいじんのだいきょうは>と読む。大臣の就任祝いの宴会。

さるべき所を申し請けて行ふ、常の事なり:しかるべき会場を借りて行うことは、通常のしきたりだ。

宇治左大臣殿は:藤原頼長(1120〜1156)。平安後期の公卿。藤原忠実の二男。通称、字治左大臣・悪左府。博識多才で父に愛され、兄の関白忠通と対立。崇徳上皇と結んで保元の乱を起こして敗死。日記「台記」がある(『大字林』より)。

東三条殿にて行はる:<とうさんじょうどの・・>。儀典などが多く行われた摂関家に所属する邸宅。

内裏にてありけるを、申されけるによりて、他所へ行幸ありけり:東三条殿は(女院などの?)内裏だったが、(慣例ゆえに)申し出によって貸さなくてはならず、その折には他所に行幸したものだという。

させる事の寄せなけれども:それほどの縁故が無くとも。

故実なりとぞ:昔からの慣例だから。 ここに、「女院」とは、天皇の母、准母、内親王、またはそれに準ずる女性をいう。


 民間のホテルなど無かった時代の大臣就任祝い。


 だいじんのだいきょうは、さるべきところをもうしうけておこなう、つねのことなり。うじのさだいじんどのは、とうさんじょうどのにておこなわる。だいりにてありけるを、もうされけるによりて、 たしょへぎょうこうありけり。させることのよせなけれども、にょいんのごしょなどかりもうす、こじつなりとぞ。