明雲座主*、相者にあひ給ひて*、「己れ、もし兵杖の難やある*」と尋ね給ひければ、相人、「まことに、その相おはします」と申す。「如何なる相ぞ」と尋ね給ひければ、「傷害の恐れおはしますまじき御身にて、仮にも、かく思し寄りて、尋ね給ふ、これ、既に、その危みの兆なり*」と申しけり。
果して、矢に当りて失せ給ひにけり。
明雲座主:<めいうんざす>。55代および57代の天台座主。高僧の評価が残る。
相者にあひ給ひて:<そうじゃ>。人相見に会って。
己れ、もし兵杖の難やある:<おのれ、ひょうじょうのなんやある>と読む。私には、武器による遭難の相がありますか?
傷害の恐れおはしますまじき御身にて、仮にも、かく思し寄りて、尋ね給ふ、これ、既に、その危みの兆なり:もとより、高僧のあなたが傷害に遭うはずも無いのに、そういうことを尋ねられるということが、危険のある兆候ということに他なりません。
人相など見てもらわなければよいと言うこと?
めいうんざす、そうじゃにあいたまいて、「おのれ、もしひょうじょうのなんやある」とたずねたまいければ、そうにん、「まことに、そのそうおわします」ともうす。「いかなるそうぞ」とたずねたまいければ、「しょうがいのおそれおわしますまじきおんみにて、かりにも、かくおぼしよりて、たずねたまう、これ、すでに、そのあやぶみのきざしなり」ともうしけり。
はたして、やにあたりてうせたまいにけり。