徒然草(上)

第57段 人の語り出でたる歌物語の、


 人の語り出でたる歌物語の、歌のわろきこそ、本意なけれ*。少しその道知らん人は、いみじと思ひては語らじ*

 すべて、いとも知らぬ道の物語したる、かたはらいたく、聞きにくし*

人の語り出でたる歌物語の、歌のわろきこそ、本意なけれ:「歌物語」とは、歌についての話題ということであって、歌の物語ではない。その語る歌が、あまり上手でない場合などはどうもがっかりしてしまう。語っている人自身が鑑賞力がないという、語るに落ちるからだろう。

少しその道知らん人は、いみじと思ひては語らじ:歌の道を知っている人なら、 自分の作品の出来ばえがよく分かるために、自作の歌をすばらしいなどと語ることはないだろう。「いみじ」は善悪にかかわらず「著しい」の意だが、文脈によって、すばらしくなったり、つまらなくなったりするので要注意。

いとも知らぬ道の物語したる、かたはらいたく、聞きにくし:大して知らないことについて、知っているよう に専門家ぶって話すことなど、チャンチャラおかしくて、聞きぐるしい。


 兼好の前では、歌の話はしない方がよさそうだ。しかし、兼好は絶世の教養人。話せないのは歌だけではないのだろう。


 ひとのかたりいでたるうたものがたりの、うたのわろきこそ、ほいなけれ。すこしそのみちしらんひとは、いみじとおもいてはかたらじ。

 すべて、いともしらぬみちのものがたりしたる、かたはらいたく、ききにくし。