徒然草(上)

第13段 ひとり、燈のもとに文をひろげて、


 ひとり、燈のもとに文をひろげて、見ぬ世の人を友とするぞ、こよなう慰むわざなる。

 文は、文選のあはれなる巻々*、白氏文集*、老子のことば*、南華の篇*。この国の博士どもの書ける物も、いにしへのは、あはれなること多かり*

文選のあはれなる巻々:文選<もんぜん>は、中国の詩文集。梁<りょう>の昭明太子(蕭統(しようとう))の編。六世紀前半に成立。周代から梁まで約千年間の代表的文学作品760編を37のジャンルに分けて収録。30巻であったが、唐の李善が注をつけて60巻とした。中国古代文学の主要資料で、日本にも天平以前には渡来、平安時代に「白氏文集」と並んで広く愛読された(『大字林』より)。 

白氏文集唐の白居易の詩文集。元しん(げんしん)編の「白氏長慶集」50巻(西暦824年成立)に自選の後集20巻、続後集5巻を加えたもの。現本は71巻と目録一巻。日本には平安時代に伝来し、「文集(もんじゆう)」と称され、愛読された(『大字林』より)。

老子のことば:「老子」は中国、春秋戦国時代の楚の思想家。姓は李、名は耳 <じ>。字は伯陽。諡号<しごう>は、たん。儒教の人為的な道徳・学問を否定し、無為自然の道を説いた。現存の「老子」の著者といわれ、周の衰微をみて西方へ去ったとされるが、疑問も多い。後世、道教で尊崇され、太上老君として神格化された。生没年未詳。「ことば」は、『老子』のことで、中国、戦国時代の思想書。2巻よりなる。老子の著といわれるが、一人の手になったものではない。「道」を宇宙の本体とし、道に則った無為自然・謙遜柔弱の処世哲学を説く。道徳経。老子道徳経 とも(『大字林』より)。

南華の篇「荘子」のこと。中国、春秋戦国時代の思想書。33編。荘周とその後学の著とされる。成立年代未詳。内・外・雑編に分かれ、初期道家の根本思想を寓話 <ぐうわ>を用いて説く。道教では尊んで「南華真経」と呼ぶ。曾子と混同を避けるため、「そうじ」と読むことが多い(『大字林』より)。

この国の博士どもの書ける物も、いにしへのは、あはれなること多かり:日本のものでも、昔のものはいい。ということは、新しいものは駄目といっているのと同義。


 古典のすすめ。兼好法師の教養の源泉が吐露されていて、興味深い一段。


 ひとり、ともしびのもとにふみをひろげて、みぬよのひとをともとするぞ、こよのうなぐさむわざなる。
 ふみは、もんぜんのあわれなるまきまき、はくしのもんじゅう、ろうしのことば、なんかのへん。このくにのはかせどものかけるものも、いにしえのは、あわれなることおゝかり。