阿羅野

  巻之八  釋教 薬王品七句 神祇 

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曠野集 巻之八

   釋 教

 

伊勢にて
神垣やおもひもかけず涅槃像     芭蕉

負てくる母おろしけりねはんぞう   鼠彈

西行上人五百歳忌に
はつきりと有明残る櫻かな      荷兮

おなじ遠忌に
連翹や其望日としほれけり      胡及

うで首に蜂の巣かくる二王哉     松芳

木履はく僧も有けり雨の花      杜國

つりがねを扇で敲く花の寺      冬松

花に酒僧とも侘ん塩ざかな      其角

貞亨つちのへ辰の歳、弥生一日東照宮
の別當、僧正の御房に、慈恵大師遷座執
事法華八講の侍るよし、尊き事なれば聴
聞にまかりて序品のこゝろを
散花の間はむかしばなし哉      越人

女房の聴聞所と覚て、御簾たれおく暗き
所あり、龍女成佛の所に至りて、しのび
あへず鼻かむ声のしければ
ほろほろと落るなみだやへびの玉   同

觀音の尾上のさくら咲にけり     俊似

古寺やつるさぬかねの菫草      一井

八島にて
海士の家聖よびこむやよひ哉    伊豫千閣

咲にけりふべんな寺の紅杜丹     一井

夏山や木陰木陰の江湖部屋      蕪葉

奈良にて
灌佛の日に生れ逢ふ鹿の子哉     芭蕉

灌佛の其比清ししらがさね      尚白

高野にて
腰のあふぎ礼義ばかりの御山哉    一雪

齋に来て庵一日の清水哉      加賀一笑

十如是
おもふ事ながれて通るしみづ哉    荷兮

即身即佛
夏陰の晝寐はほんの佛哉       愚益

ほころびや僧の縫おる夏衣      鼠彈

おどろくや門もてありく施餓鬼棚   荷兮

折かけの火をとるむしのかなしさよ  探丸

石篭に絶(施)餓鬼の棚のくづれ哉    文里

魂祭舟より酒を手向けり       龜洞

たままつり道ふみあくる野菊哉    卜枝

(接)待のはしら見たてん松の陰   釣雪

平等施一切
攝待にたヾ行人をとヾめけり     俊似

稲妻に大佛おがむ野中哉       荷兮

垣越に引導覗くばせを哉       卜枝

ある人四時の景物なりとて、水鶏を
鶉とを不食、不図其心を感じて、我
も鴈をくらはず
雁くはぬ心佛にならはぬぞ      荷兮

ある寺の興行に
燕も御寺の鼓かへりうて       其角

進み出て坊主おかしや月の舟     一井

鉢の子に木綿をうくる法師哉     卜枝

人のもとにありて、たち出むとしける
に、またしぐれければ
衣着て又はなしけり一時雨      鼠彈

鎌倉の安國論寺にて
たふとさの涙や直に氷るらん     越人

古寺の雪
曙や伽藍伽藍の雪見廻ひ       荷兮


雪折やかゝる二王の片腕       俊似

つくり置てこはされもせじ雪佛    一井

朝寐する人のさはりや鉢敲      文潤

千觀が馬もかせはし年のくれ     其角 


   薬王品七句

 

如寒者得火
まつ白にむめの咲たつみなみ哉    胡及

如裸者得衣
雪の日や酒樽拾ふあまの家

如商人得主
双六のあひてよびこむついり哉

如子得母
竹たてゝをけば取つくさゝげかな

如渡得船
月の比隣の榎木きりにけり

如病得醫
かはくとき清水見付る山邊哉

如暗得燈
秋のよやおびゆるときに起されるゝ


   神 祇

 

古宮や雪じるかゝる獅子頭      釣雪

二月廿五日奉納に
きさらぎや廿四日の月の梅      荷兮

しんしんと梅散かゝる庭火哉     同

鶯も水あびてこよ神の梅       龜洞

上下のさはらぬやうに神の梅     昌碧

灯のかすかなりけり梅の中      釣雪

何とやらおがめば寒し梅の花     越人

覚えなくあたまぞさがる神の梅    舟泉

月代もしみるほど也梅の露      雨桐

門あかで梅の瑞籬おがみけり     重五

繪馬見る人の後のさくら哉      玄察

花に来て歯朶かざり見る社哉     鈍可

宮の後川渡り見るさくら哉      李桃

御手洗の木の葉の中の蛙哉      好葉

ほとゝぎす神楽の中を通りけり    玄察

宮守の灯をわくる火串かな      亀洞

破扇一度にながす御祓かな      未学

川原迄瘧まぎれに御祓哉       荷兮

こがらしや里の子覗く神輿部屋    尚白

此月の恵比須はこちにゐます哉    松芳

冬ざれや祢宜のさげたる油筒     落梧

若宮奉納
きゝしらぬ哥も妙也神々樂      利重

跡の方と寐なほす夜の神楽哉     野水

鈴鹿川夜明の旅の神楽哉       昌碧

かづらきの神にはふとき庭火哉    村俊

橋杭や御祓かゝる煤はらひ      卜枝


  

 

肩付はいくよになりぬ長閑也     冬文

荷兮が四十の春に
幾春も竹其儘に見ゆる哉       重五

君が代やみがくことなき玉つばき   越人

青苔は何ほどもとれ沖の石      傘下

いきみたま疊の上に杖つかん     亀洞

千代の秋にほひにしるしことし米   同

しばしかくれゐける人に申し遣はす
先祝へ梅を心の冬籠り        芭蕉


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