芭蕉db

益光宛書簡

(元禄元年12月3日 芭蕉45歳)

 

書簡集年表Who'sWho/basho


  思召貴翰忝致拝見*。愈御無異之由、珍重不之候*。一別已後爰かしこ近付も多キ(に)付*、御帰もなまなかなりと、何方も無音仕*、其元厚志共背本意存候*。且木綿足袋被堅(賢)慮、遠方不残(浅)御心指(志)、御礼難尽奉存候*
 一、前句付もすがりに成候よし*、尤道のたよりになるべき事にもならず候*。一応のにぎあひのみに而御座候へば*、はやくやみ候も珍重に存事に候*。其節透逸両句感吟*、中にも雪守やすくてすなをなるすがた珍々重々不斜候*。愚句何事も無御座、人出合もむつかしと*、近辺*子共のやうなる俳諧、折々いはせてなぐさみ申候。
   冬の句

冬篭り又よりそはん此はしら      愚句

襟巻に首引入て冬の月          杉風

火桶抱ておとがい臍をかくしけり    桑門路通

落葉焼色々の木の煙かな        宗波

 先如此、跡より委細可御意*。平庵老より先日比預貴札、いまだ不貴報*。勝延*丈・又玄子*・一有子*・可然奉頼候。一両年之内、参宮又々とこそねがひ申つれ。
     極月三日                芭蕉庵
 益光雅丈
尚々先日弥三*殿尋候へ共、急々の仕合、御咄のみ承、書状も進じ不申候。追而具に可御意候。少書度事共も御座候へ共、使まちゐ被申候間、わすれたるまヽにしたヽめ申候

書簡集


 伊勢の門人益光に宛てた書簡。


思召貴翰忝致拝見候:<おぼしめしよせられしきかんかたじけなくはいけんいたしそうろう>と読む。ご丁寧なお手紙をいただきました、の意。

愈御無異之由、珍重不之候:<いよいよごぶいのよし、ちんちょうこれにすぎずそうろう>と読む。お変りも無く、たいへんうれしく思います、の意。

一別已後爰かしこ近付も多キ(に)付:<いちべついごここかしこちかづきもおおおきにつき>と読む。この2月『笈の小文』の旅の途次お別れしてから、多くの人と交わって、・・・の意。

御帰もなまなかなりと、何方も無音仕:一人や二人への御返事を書くのも中途半端のため、どなたにもご無沙汰しておりました、の意。御帰<おかえし>は、手紙の返事のこと。

其元厚志共背本意存候:<そこもとごこうしどもほんいにそむきぞんじそうろう>と読む。あなたの数々のご厚意に対し失礼をしておりました、の意。

且木綿足袋被堅(賢)慮、遠方不残(浅)御心指(志)、御礼難尽奉存候:<かつもめんたびけんりょにかけられ、えんぽうあさからぬおこころざし、おれいつくしがたくぞんじたてまつりそうろう>と読む。その上、木綿足袋を送って頂き、遠くから私に対するご厚情にお礼の言葉もありません、の意。

前句付もすがりに成候よし:前句付けもとうとう衰退してしまったということですが、の意。前句付け<まえくづけ>とは、俳諧の宗匠が575または77と詠んだのに対して、弟子たちが77または575と句を付けることを言うが、これは宗匠達の主要な授業料収入の一つであった。万治年間頃大流行したが、元禄のこの頃には衰微していた。

尤道のたよりになるべき事にもならず候:<もっともみちの・・・>と読む。前句付けなどというのは俳諧の勉強などにはならないので、そういうものが無くなってきたのは大いにいいことだ、というのである。

一応のにぎあひのみに而御座候へば:単なる流行に過ぎないのですから、の意。

はやくやみ候も珍重に存事に候:そういう流行が止んでしまったのは大変結構です、の意。

其節透逸両句感吟:伊勢にお邪魔したときにあなたが詠んだ2句とも大変すばらしかった、の意。「雪守」の句などは残っていない。

珍々重々不斜候:<ちんちんちょうちょうななめならずそうろう>と読む。大変よい、の意。

人出合もむつかしと:「人出合」は、正式な句会などを指す。そういう畏まったところへの参加は気が進まない、の意。

近辺:近くの人たち。親しい門人達を指す。

先如此、跡より委細可御意:<まずかくのごとく、あとよりいさいぎょいをうべくそうろう>と読む。また、あとから詳細を御知らせしましょう、の儀礼的意。

平庵老より先日比預貴札、いまだ不貴報:<へいあんろうよりせんじつごろきさつあずかり、いまだきほうにあたわずそうろう>と読む。平庵は伊勢の人。彼から手紙を貰ったのにまだそれに返事を書いていない、の意。

勝延:伊勢山田の門人。伊勢神宮の神職。

又玄:伊勢山田の門人。伊勢神宮の神職。Who'sWho参照。

一有:伊勢山田の門人。伊勢神宮の神職。

弥三:<やぞう>と読むか? 伊勢山田の人らしいが詳細不明。