尊きひじりの言ひ置きける事を書き付けて、一言芳談とかや名づけたる草子を見侍りしに*、心に合ひて覚えし事ども。
一 しやせまし、せずやあらましと思ふ事は、おほやうは、せぬはよきなり*。
一 後世を思はん者は、糂汰瓶一つも持つまじきことなり*。持経・本尊に至るまで、よき物を持つ、よしなき事なり。
一 遁世者は、なきにことかけぬやうを計ひて過ぐる*、最上のやうにてあるなり。
一 上臈は下臈に成り*、智者は愚者に成り、徳人は貧に成り、能ある人は無能に成るべきなり。
一 仏道を願ふといふは、別の事なし。暇ある身になりて、世の事を心にかけぬを、第一の道とす。
この外もありし事ども、覚えず。
一言芳談とかや名づけたる草子を見侍りしに:『一言芳談』とかいう名前のついた本をみつけた。これは、鎌倉時代の法語集。作者未詳。法然など浄土宗高僧の格言・短文を集めたもの(『大字林』より)。
しやせまし、せずやあらましと思ふ事は、おほやうは、せぬはよきなり:しようかしら?止めとこうかしら?と悩むような問題は、大方、やらない方がよい。
後世を思はん者は、糂汰瓶一つも持つまじきことなり:後世<ごせ>=死後の世界を思うのなら、糂汰瓶<じんだがめ>ひとつ持つべきではない。糂汰瓶はぬかみそがめ。
なきにことかけぬやうを計ひて過ぐる:モノが無いということを気にしないように心がけて生活する、こと。
上臈は下臈に成り:「上臈」は年数を積んだ高僧、「下臈」は経験未熟な僧侶。
「仏道を願ふといふは、別の事なし。暇ある身になりて、世の事を心にかけぬを、第一の道とす」この一条は面白い。
とうときひじりのいいおきけることをかきつけて、いちごんほうだんとかやなづけたるそうしをみはべりしに、こころにあいておぼえしことども。
一 しやせまし、せずやあらましとおもうことは、お おようは、せぬはよきなり。
一 ごせをおもわんものは、じんたがめひとつももつまじきことなり。じきょう・ほんぞんにいたるまで、よきものをもつ、よしなきことなり。
一 とんせいしゃは、なきにことかけぬようをはからいてすぐる、さいじょうのようにてあるなり。
一 じょうろうはげろうになり、ちしゃはぐしゃになり、とくにんはひんになり、のうあるひとはむのうになるべきなり。
一 ぶつどうをねがうというは、べつのことなし。いとまあるみになりて、よのことをこころにかけぬを、だいいちのみちとす。
このほかもありしことども、おぼええず。