曠野集 員外
歳旦
誰か華をおもはざらむ。誰か市中にあ
りて朝のけしきを見む。我東四明の麓に
有て、花のこゝろはこれを心とす。よ
つて佐川田喜六の、よしの山あさなあさ
なといへる哥を、実にかんず。又
麥喰し鴈と思へどわかれ哉
此句尾陽の野水子の作とて、芭蕉翁の傅
へしをなをざりに聞しに、さいつ比、田野
へ居をうつして、実に此句を感ず。むか
しあまた有ける人の中に、虎の物語せしに、
とらに追はれたる人ありて、獨色を變じた
るよし、誠のおほふべからざる事左のごと
し。猿を聞て實に下る三声のなみだといへ
るも、實の字老杜のこゝろなるをや。猶
鴈の句をしたひて、
麥をわすれ華におぼれぬ鴈ならし 素堂
この文人の事づかりてとゞけられしを、
三人開き幾度も吟じて
手をさしかざす峰のかげろふ 野水
橇の路もしどろに春の来て 荷兮
はるの舟間に酒のなき里 荷兮
百足の懼る藥たきけり 野水
夕月の雲の白さをうち詠 舟泉
夜寒の簔を裾に引きせ 釣雪
一駄過して是も古綿 亀洞
楽する比とおもふ年栄 昌碧
湯殿まいりのもめむたつ也 舟泉
涼しやと莚もてくる川の端 野水
たらかされしや彳る月 荷兮
秋風に女車の髭おとこ 亀洞
袖ぞ露けき嵯峨の法輪 釣雪
八重山吹ははたちなるべし 野水
心やすげに土もらふなり 亀洞
垢離かく人の着ものの番 昌碧
哥うたふたる聲のほそぼそ 舟泉
門を過行茄子よびこむ 荷兮
いりこみて足軽町の藪深し 亀洞
おもひ逢たりどれも高田派 釣雪
水しほはゆき安房の小湊 亀洞
人なみに脇差さして花に行 釣雪
ついたつくりに落る精進 野水
柳のうらのかまきりの卵 松芳
夕霞染物とりてかへるらん 冬文
けぶたきやうに見ゆる月影 荷兮
弓ひきたくる勝相撲とて 舟泉
たまたま砂の中の木のはし 冬文
火鼠の皮の衣を尋きて 舟泉
涙見せじとうち笑ひつゝ 松芳
酒の半に膳もちてたつ 荷兮
幾年を順礼もせず口おしき 松芳
よまで双帋の繪を先にみる 舟泉
月のおぼろや飛鳥井の君 冬文
灯に手をおほひつゝ春の風 舟泉
數珠くりかけて脇息のうへ 松芳
十日のきくのおしき事也 荷兮
山里の秋めづらしと生鰯 松芳
長持かふてかへるやゝさむ 舟泉
馬のとをれば馬のいなゝく 冬文
莚ふまへて蕎麥あふつみゆ 松芳
暁ふかく提婆品よむ 荷兮
味噌するをとの隣さはがし 舟泉
黄昏の門さまたげに薪分 荷兮
次第次第にあたゝかになる 冬文
春の朝赤貝はきてありく兒 舟泉
顔見にもどる花の旅だち 松芳
そら面白き山口の家 荷兮
雨のわか葉にたてる戸の口 野水
一荷になひし露のきくらげ 野水
銭一貫に鰹一節 水
月さしのぼる気色は、昼の暑さもなくな
るおもしろさに、柄をさしたらばよき團
と、宗鑑法師の句をずむじ出すに、夏の
夜の疵といふ、なを其跡もやまずつヾき
ぬ
月に柄をさしたらばよき團哉
皆同音に申念佛 人
深川の夜 越人2
雁がねもしづかに聞ばからびずや
酒しゐならふこの比の月 芭蕉
理をはなれたる秋の夕ぐれ 越人
風にふかれて歸る市人 芭蕉
ひとり世話やく寺の跡とり 越人
足駄はかせぬ雨のあけぼの 越人
物いそくさき舟路なりけり 越人
雲雀さえづるころの肌ぬぎ 越人
翁に伴はれて來る人のめづらしきに 其角
落着に荷兮の文や天津厂
三夜さの月見雲なかりけり 越人
秋うそ寒しいつも湯嫌 越人
日のみじかきと冬の朝起 落梧
賤を遠から見るべかりけり 野水
あらことごとし長櫃の萩 落梧
かけひの先の瓶氷る朝 鼠彈
肩ぎぬはづれ酒によふ人 長虹
夕月の入ぎは早き塘ぎは 鼠彈
里深く踊教に二三日 長虹
宮司が妻にほれられて憂 胡及
葛篭とヾきて切ほどく文 鼠彈
寒ゆく夜半の越の雪鋤 長虹
蛤とりはみな女中也 一井
浦風に脛吹まくる月涼し 長虹
蒜くらふ香に遠ざかりけり 鼠彈
帋子の綿の裾に落つゝ 長虹
座敷ほどある蚊屋を釣けり 一井
秤にかゝる人々の輿 胡及
此年になりて灸の跡もなき 一井
まくらもせずについ寐入月 鼠彈
暮過て障子の陰のうそ寒き 胡及
衣引かぶる人の足音 一井
毒なりと瓜一きれも喰ぬ也 長虹
片風たちて過る白雨 胡及
板へぎて踏所なき庭の内 一井
はねのぬけたる黒き唐丸 鼠彈
京寺町通二條上ル井筒屋
筒井庄兵衛板