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此木戸や錠のさゝれて冬の月

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　　　此木戸や錠のさゝれて冬の月　　　 　其角

猿みの撰の時此句を書おくり、下を冬の月・霜の月置煩ひ侍るよしきこゆ*。然るに初は文字つまりて、柴ノ戸と読たり*。先師曰、角が冬・霜に煩ふべき句にもあらずとて、冬月ト入集せり*。其後大津より先師の文に、柴戸にあらず、此木戸也。かゝる秀逸は一句も大切なれば、たとへ出板に及とも、いそぎ改むべしと也*。凡兆曰、柴戸・此木戸させる勝劣なし。去來曰 、此月を柴の戸に寄て見侍れば、尋常の気色也。是を城門にうつして見侍バ、其風情あはれに物すごくいふばかりなし*。角が冬・霜に煩ひけるもことはり也。

• 猿みの撰の時此句を書おくり、下を冬の月・霜の月置煩ひ侍るよしきこゆ ：＜さるみのせんのときこのくをおくり、しもをふゆのつき・しものつきおきわずらいはべるよしきこゆ＞。猿蓑の撰を芭蕉・去来・凡兆で行っていたときに、其角がこの句を投句してきたのだが、下五を「冬の月」としようか「霜の月」としようかと迷っているといってきた。
• 然るに初は文字つまりて、柴ノ戸と読たり：＜しかるにはじめはもじつまりて、しばのととよみたり＞。「此」と「木」を上下に並べて一文字とすれば「柴」になってしまう。
• 先師曰、角が冬・霜に煩ふべき句にもあらずとて、冬月ト入集せり：芭蕉は、上五を「柴の戸や」とするのなら、下五が「霜の月」でも「冬の月」でもどっちでも良いとして「冬の月」にして入集させた。
• かゝる秀逸は一句も大切なれば、たとへ出板に及とも、いそぎ改むべしと也：＜かかるしゅういつはいっくもたいせつなれば、たとえしゅっぱんにおよぶとも、いそぎあらたむべしとなり＞。このような秀逸な句は、たとえすでに板木が起こされていようとも、訂正して刷り直せ。
• 去來曰 、此月を柴の戸に寄て見侍れば、尋常の気色也。是を城門にうつして見侍バ、其風情あはれに物すごくいふばかりなし：「冬の月」を柴木戸に映る月とするのと、城門に指す厳寒の月とするのでは大違い。さすがに、其角が「冬の月」と「霜の月」で悩んだというのは尤もである。去来抄の中でも特に有名な一段。