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玉祭うまれぬ先の父こひし
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玉祭うまれぬ先の父こひし 甘泉
去來曰、吾子ハ出生以前に父を喪し給ふや*。甘泉曰、去々年送喪し侍る*。來曰、しからバ此ハ他人の句也。吾子に對しておかしからず*。凡ほ句を吟ずるに、意は無情狂狷境にも游ぶべし。處ハ禁裏仙洞のうわさをも申べし。事ハ乞食桑門の上にも及ぶべし*。於句ハ身上を出べからず。もし身外を吟ゼバ、あしくハ害を求め侍らん*。
- 去來曰、吾子ハ出生以前に父を喪し給ふや:<きょらいいうわく、ごしはしゅっせいいぜんにちちをそうしたもうや>。甘泉に尋ねました。あなたはあなたが生まれる前にお父さんを失くされたのですか、と。
- 甘泉曰、去々年送喪し侍る:甘泉は「いえ一昨年亡くしました」と答えた。
- 來曰、しからバ此ハ他人の句也。吾子に對しておかしからず:そこで私は「それではこの句は他人の発句ですね。あなたに対してはおかしなことになりますからね」と言った。
- 凡ほ句を吟ずるに、意は無情狂狷境にも游ぶべし。處ハ禁裏仙洞のうわさをも申べし。事ハ乞食桑門の上にも及ぶべし:<およそほっくをぎんずるに、こころはむじょうこうけんきょうにもあそぶべし、ところはきんりせんとうのうわさをもうすべし、言はこつじきそうもんのうえにもおよぶべし>。発句を詠むに気持ちは無常や狂気でもよし、場所としては宮中や上皇の住居の噂でもよし、事は乞食や僧侶の身の上に及んでもいいでしょう。
- 於句ハ身上を出べからず。もし身外を吟ゼバ、あしくハ害を求め侍らん:しかし、句においては、自分以外の話をしてはいけません。もし他人の話をしてしまったとすると、害を受けることになるかもしれませんよ。