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駒買ひに出迎ふ野べの薄かな
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駒買ひに出迎ふ野べの薄かな 野明
去來曰、駒買に人の出迎ふたる野べの薄にや。又ハ直ニ薄の風情にや*。野明曰、薄の上也*。來曰、初よりさハ聞侍れど、吾子の俳諧のかく上達せんとハおもハざりし。たゞ驚入侍るのみ。支考曰、句は秀拙ハともかくも、野明此場をしらるゝ事いとふしん也と感吟す*。予此人を教る事とし有。曾て不通*。一とせ先師曰、廿日許の旅ねに秡群上達せり*。常に俳友なく修行むなし。然ども先師をはじめ、丈艸・支考など折ふし會吟して、外のわる功をしられず、おのづからかゝる句も出で來れり*。まことに手筋を尊むべし*。たゞ平生徘意弱きを難とす*。
- 去來曰、駒買に人の出迎ふたる野べの薄にや。又ハ直ニ薄の風情にや
:去来が尋ねました。「このススキは馬買いの人達を出迎えている人々がいるその野辺のススキのことか、それともススキ自身が馬買いの人々を出迎えているというのですか」と。
- 野明曰、薄の上也:野明は後者です。つまりススキが馬買いを出迎えているという情景です、と答えた。
- 支考曰、句は秀拙ハともかくも、野明此場をしらるゝ事いとふしん也と感吟す:すると支考が言った。この句の旨い拙いはともかくとして、あの野明がこういう境地に達したというのは不思議なくらいだと、何度もこの句を吟じてみた。どうも、野明については去来の友人たちは才能が無いと見ていたようだ。
- 予此人を教る事とし有。曾て不通:ここは去来の言。この人を何年も教えてきたけれど、かつて教えはなかなか通じなかったのだが。
- 一とせ先師曰、廿日許の旅ねに秡群上達せり
:そういえば、一年ほど前に先師芭蕉が言われました。「20日ばかり(おそらく落柿舎で)一緒に過ごした間に野明は抜群に上達した」と言われたことがあったのを思い出した。ここに去来の発言として「一とせ先師曰く」と言っているのは注目に値する。これを信ずれば、『去来抄』の執筆時期が芭蕉の死後一年以内程度であったことを意味するからである。
- 然ども先師をはじめ、丈艸・支考など折ふし會吟して、外のわる功をしられず、おのづからかゝる句も出で來れり:野明にはこれといって俳友も無かったので修行は難しかったであろうが、先師芭蕉翁をはじめ丈草や支考などに折にふれて会って作句し、かつ外部の悪い影響もなければ、自然とこういう作品も出来るようになるのだ。
- まことに手筋を尊むべし:まことに個性を大切にしなくてはいけない。
- たゞ平生徘意弱きを難とす:ただし、普段野明の句は突込みが足らずおとなしいのが欠点だ。