芭蕉db

奥の細道

(飯塚 元禄2年5月2日・3日)


 其夜飯塚*にとまる。温泉あれば、湯に入て宿をかるに、土坐に筵を敷て、あやしき貧家也。灯もなければ、ゐろりの火かげに寝所をまうけて臥す。夜に入て、雷鳴雨しきりに降て、臥る上よりもり、蚤・蚊にせゝられて眠らず 。持病さへおこりて、消入計になん*。短夜の空もやうやう明れば、又旅立ぬ。猶夜の余波*、心すゝまず。馬かりて桑折の駅*に出る。遥なる行末をかゝ えて、斯る病覚束なしといへど、羇旅辺土の行脚、捨身無常の観念*、道路にしなん、是天の命なりと、気力聊とり直し*、路縦横に踏で*伊達の大木戸*をこす。


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表紙 年表


kaisetsu.gif (1185 バイト)

5月2日、飯坂温泉泊。
5月3日、夜来の雨。午前10時ごろに上がる。雨上がりとともに飯坂を出て、桑折から国見を経、伊達の大木戸を越えて、白石市に入る。この晩は、白石に一泊。

甲冑堂  残念なことに、甲冑堂は、昭和のはじめに放火によって焼失し、堂も佐藤兄弟の甲冑像も新しく作られたものだそうです。甲冑像を見せていただきましたが、撮影はできませんでした。(文と写真:牛久市森田武さん)