芭蕉db

笈の小文

(紀三井寺)


 跪(踵 )はやぶれて西行にひとしく、天龍の渡しをおもひ*、馬をかる時はいきまきし聖の事*心にうかぶ。山野海濱の美景に造化の功を見、あるは無依の道者*の跡をしたひ、風情の人の實をうかがふ。猶栖をさりて器物のねがひなし*。空手なれば途中の 愁もなし。寛歩駕にかへ、晩食肉より甘し*。とまるべき道にかぎりなく、立つべき朝に時なし*。ただ一日のねがひ二つのみ。こよひ能宿からん、草鞋のわが足によろしきを求めんと斗は、いさゝかのおもひなり。時々気を轉じ、日々に情をあらたむ*。もしわづかに風雅ある人に出合たる、悦かぎりなし。日比は古めかしく、かたくなゝりと悪み捨たる程の人も、邊土の道づれに かたりあひ、はにふ・むぐらのうちにて見出したるなど、瓦石のうちに玉を拾ひ、泥中に金を得たる心地して、物にも書付、人にもかたらんとおもふぞ、又此旅のひとつなりかし。

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表紙 年表


 芭蕉の旅の心得や楽しみを吐露している。風狂に身を任せた安心を述べるものの、それでも今日履く草鞋が足に馴染んでくれることが願いとして残る。


早春の紀三井寺(牛久市森田武さん撮影)