芭蕉db

笈の小文

(旅の譜)


 抑*、道の日記といふものは、紀氏・長明・阿佛の尼*の、文をふるひ情を盡してより、餘は皆俤似かよひて、其糟粕を改る事あたはず*。まして浅智短才の筆に及べくもあらず。其日は雨降、昼より晴て、そこに松有、かしこに何と云川流れたりなどいふ事、たれたれもいふべく覺侍れども、黄哥(奇)蘇新*のたぐひにあらずば云事なかれ。されども其所そのところの風景心に残り、山館・野亭のくるしき愁も*、且ははなしの種となり、風雲の便りともおもひなして、わすれぬ所々跡や先やと書集侍るぞ、猶酔ル者の猛語*にひとしく、いねる人の讒言するたぐひ*に見なして、人又妄聽せよ*

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