- 芭蕉db 
- 笈の小文
- (旅の譜)
    
  -  抑*、道の日記といふものは、紀氏・長明・阿佛の尼*の、文をふるひ情を盡してより、餘は皆俤似かよひて、其糟粕を改る事あたはず*。まして浅智短才の筆に及べくもあらず。其日は雨降、昼より晴て、そこに松有、かしこに何と云川流れたりなどいふ事、たれたれもいふべく覺侍れども、黄哥(奇)蘇新*のたぐひにあらずば云事なかれ。されども其所そのところの風景心に残り、山館・野亭のくるしき愁も*、且ははなしの種となり、風雲の便りともおもひなして、わすれぬ所々跡や先やと書集侍るぞ、猶酔ル者の猛語*にひとしく、いねる人の讒言するたぐひ*に見なして、人又妄聽せよ*。 
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	 表紙 表紙 年表 年表
	- 抑:そもそも、と読む。元来が、の意。
- 紀氏・長明・阿仏の尼:紀貫之の『土佐日記』・阿仏尼の『十六夜日記』だが、鴨長明についてはこの時代『東関日記』が鴨長明の作と考えられてここに併記されている。 
     
	
- その糟粕を改る事あたはず:前三者の日記に比べたら他のものは似たりよったりで何の新味もないの意。糟粕<そうはく>は酒の搾り粕のこと。 
     
	
- 黄哥蘇新:<こうきそしん>と読む。黄山谷の詩は奇警さ、蘇東坡の詩は新鮮さを特長とするの意。「蘇子瞻(そしせん)は新を以ってし、黄魯直は奇を以ってす」(『詩人玉屑(しじんぎょくせつ)』) 
     
	
- 山観・野亭のくるしき愁も:『東関紀行』の一文に「或は山館・夜亭の夜のとまり、或は海辺水流の幽なる砌(みぎり)にいたるごとに、目に立つ所々、心とまるふしぶしを書き置きて、忘れず忍ぶ人もあらば、おのづから後のかたみともなれとてなり」とあるによる。山観・夜亭は山中や野山における野宿の意
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	猶酔ル者の猛語:<なおよえるもののもうご>と読む。酔っ払いの訳の分からない言い草。 
    
- いねる人の讒言する:眠っている人の寝ぼけた讒言<うわごと>の意。 
     
	
- 人また亡聽せよ:
	亡聽<ぼうちょう>は妄聴の誤りであろう。意味は、寝言みたいなものとして聞き流してくださいの意。