落柿舎から彦根の僧侶李由に宛てた現存する唯一の書簡。送られてきたお茶への謝辞と東海道を通ったために彦根に寄れなかった言い訳、秋には彦根に行くという許六宛とは時期のことなる計画が予言されている。芭蕉はこの日、落柿舎を後にして膳所に移る。許六宛の書簡もあることから、身辺整理もあってこの日は多忙であったか、この書簡ではことのほか誤字が目立つ。
両度の貴翰、殊名茶一袋被レ懸二堅(賢)慮一、遠方御厚志之旨忝奉レ存候:<りょうどのきかん、ことにめいちゃひとふくろけんりょにかけられ、えんぽうごこうしのむねかたじけなくぞんじたてまつりそうろう>と読む。二度までもお手紙を頂き、またこの度はおいしいお茶を頂きました。遠くからのご厚情に恐縮致しております、の意。
愈御堅固、御堂建立就成(成就)之由、珍重目出度奉レ存候:<いよいよごけんご、みどうこんりゅうじょうじゅのよし、ちんちょうめでたくぞんじたてまつりそうろう>と読む。李由は住持の寺の御堂を建設していたらしい。
今度旧里へ趣(赴)候刻、木曽路にかかり直貴郷へ御案内、許六方へと存候處:<このたびきゅうりへおもむきそうろうとき、きそじにかかりすぐにききょうへごあんない、きょろくかたへとぞんじそうろうところ>と読む。今度西上するについては木曽路をとおって彦根に行き、許六方にお世話になろうと思っていましたが、の意。
其節持病指出候故、道中無二心元一旨、門人共達而申に付、東海道を下候而其元へ遅候:<そのせつじびょうさしいでそうろうゆえ、」どうちゅうこころもとなきむね、もんじんどもたってもうすにつき、とうかいどうをくだりそうろうてそこもとへおそなわりそうろう>と読む。許六宛書簡10と同じことを言い訳している。
此砌極暑、多病難レ凌候間、秋の末、初冬比、御尋可レ得二御意一候:<このみぎりきょくしょ、たびょうしのぎがたくそうろうあいだ、あきのすえ、しょとうのころ、おたずねぎょいをうべくそうろう>と読む。この頃は全く暑くて多病の身には過ごし難く、秋か初冬のころにそちらに参ります、というのだが許六宛では来春といっている。
頃日御発句拝見、尤可レ為二珍重一存候:<けいじつおんほっくはいけん、もっともちんちょうにたるべくそうろう>。先頃あなたの句を拝見しましたが、大変満足すべきものでありました、の意。
京都より膳所迄引退き候間々、一通残し置申候:<きょうとよりぜぜまでひきのきそうろうまま、いっつうのこしおきもうしそうろう>と読む。芭蕉はこの日、この手紙を李由に書き送って膳所に出発したのである。
当年中には可レ得二貴慮一と存計に御座候:<とうねんちゅうにはきりょをうべくとぞんずばかりにござそうろう>と読む。今年中にはお会いできると思いますと、いうのだが、実際には芭蕉は死出の旅に上ってしまった。