大津の又七こと川井乙州宛書簡。乙州は、元禄3年4月か5月には加賀に出発した。そこからの手紙についての返書である。乙州の周辺に起った俗物的な事件というのが詳らかではないので判読が困難であるが、問題解決には乙訓が世間の仕組みに縛られることなく早く帰郷すべきだと主張している。そして、問題解決にはあまり小知恵を発揮せず天の心に任せる態度が大切だと説いているのである.芭蕉の生活信条が垣間見える特異な書簡。
□角塵俗のけがれに心ぐるしさ推察:□部分は「何」が入るか?世間の俗塵に悩んでいるというのは御察しします、の意。乙州が加賀から寄せた手紙に、何か俗悪な問題の悩みが書いてあったのであろう。ここではそれに応答している。
大かた此方も御同前、近年不レ覚俗情にしみ申候:ここ幻住庵でも近ごろ貴殿と同様、想像もつかない俗悪なことに侵されています、の意。
中々に山の奥こそと無(世)外之風雲弥貴ク覚候:<・・せがいのふうんいよいよとうとくおぼえそうろう>と読む。山の中だから塵俗に無縁などということも無いのですから、俗に交わらない漂泊の雲や風を益々貴く思います、の意。
此時只天に御まかせ可レ被レ成候:<このときただてんにpまかせなさるべくそうろう>と読む。この際はただ天の正道に任せるのがよいでしょう、の意。
人才覚ヲ以正道ヲかすめ候段、無二是非一事に候:<ひとさいかくをもってせいどうをかすめそうろうだん、ぜひなきことにそうろう>と読む。しばしば人は小智をもって小賢しく正道を掠め取ることがる、これはどうしようもないことです。
古往賢者多邪僻に障られ候へ共:<こおうけんじゃおおくじゃへきにさえられそうらえども>と読む。昔から賢者といわれる人々も多く俗塵に悩まされはしましたが、・・・の意。
妻子を捨、高禄を投て沈淪候事、是世のならひに御座候:<・・・こうろくをなげてちんりんしそうろうこと、これよの・・・・>と読む。「沈淪」は、落ちぶれること。妻子や高い地位を捨てて零落していくこと、これはよくあることです。そういう態度をここでは芭蕉は肯定しているのである。
若々鉄肝石心微塵のかヽる事もやと:<もしもしてっかんせきしんみじんのかかることもやと>と読む。「鉄肝石心」は確信に満ちた信念を意味する。そういう心に迷いが生じはせぬかと、の意。
其元一左右又々承度候:<そこもといっそうまたあたうけたまわりたくそうろう>と読む。「一左右」は連絡、便りを意味する。また御手紙をお待ちしています、の意。