芭蕉庵
深川芭蕉庵から、山形酒田の医師不玉に宛てた書簡。不玉は『奥の細道』で芭蕉が酒田を訪れたときに入門した人。そのときの教えを守ってできあがった作品を送ってきたのである。添削をして金をせしめる金権俳諧から決別している芭蕉としては、この種の評詞を求める要求にはことごとく断ってきたのであるが、不玉の作句態度にほだされて添削をしたのである。
一巻熟覧、感吟不斜候:<いっかんじゅくらん、かんぎんななめならず>と読む。不玉が送ってきた作品集の一巻を読んで、大いに感服したというのである。
近年武府之風雅、分々散々、適々邪路の輩も相見え候處:<きんねんぶふのふうが、ふんぷんさんざん、たまたまじゃろのやからもあいみえそうろうところ>と読む。「武府」は江戸のこと。そこでの俳諧は点取り俳諧に堕落してしまったというのである。芭蕉の持論であった。
微躯方寸相伝て:<びくほうすんあいつたえて>と読む。微駆は取るに足らぬ小さい存在で芭蕉自身を指した謙遜。『奥の細道』で伝えた俳諧の種がこうして実っていることを賞賛しているのである。
予曾以点削之断レ筆といへども:<よかつてもっててんさくのふでたつといえども>と読む。私はかつてより、(お金を取って)添削はしないと世間に言ってきましたが(、遠くからの志や奥の細道の時の心からのもてなしに報いるためにちょっとアドバイスしましょう)の意。
先年行脚の情難レ忘によりて:<せんねんあんぎゃのじょうわすれがたきによりて>と読む。「先年行脚」は『奥の細道』を指す。そのときのあなたから受けたご厚情が忘れられないので、の意。
聊評詞・脇書加のみ也:<いささかひょうし・わきがきくわうるのみ>と読む。ほんの少し評論や書き添えをするだけで、いわゆる添削をしているのではありません、の意。
元録(禄)六年春中:芭蕉には誤字や独特の字使いなどがあるが、元禄の禄の字を誤ったケースは、ここ以外には見当たらない。これは誰かが改竄したためと思われる。