幻住庵を出た芭蕉は、そのスポンサーであった曲水の弟である怒誰宛に出庵の報告を書いた。書いたのは大津らしい。23日に出たこと、その法律的手続きは曲水にかねて聞いておいた通り簡略に済ましてしまったこと、当分は未だ大津と怒誰の住む膳所の間に居ることなどを知らせている。
先日者時節風流御尋被レ成被レ下:<せんじつはじせつふうりゅうおたずねなされくだされ>と読む。過日はお便り下さいまして、の意。
昨廿三日、出庵仕候:<さく23にち、しゅつあんつかまつりそうろう>と読む。芭蕉は元禄3年7月23日幻住庵を出て、大津から膳所へ移って行った。同行する者がいたようであるが不明。
外記殿:<げきどの>と読む。菅沼外記定常、すなわち曲水のこと。曲水はこの時期江戸勤番であった。幻住庵は曲水の叔父の所有。
所之庄屋届置:<ところのしょうやへとどけおき>と読む。庵を出るときに代官所に届けるべきか曲水にかねて尋ねたところ、その必要はないということだったので、幻住庵を管轄する庄屋にだけ出庵することを届けておいた、の意。
乍二慮外一奉二頼存一候:<りょがいながらたのみぞんじたてまつりそうろう>と読む。出庵や移動について手違いがあったら、真意ではありませんがお世話になる事があるかも知れませんがよろしくお願いします、の意。
爰元とても客月与宿も定不レ申候間:<ここもととてもきゃくげつと?やどもさだめもうさずそうろうあいだ>と読む。客月の意味が不明。とにかく定住の計画の無いことを伝えているらしい。
名月比まで其元爰元逍遊可レ仕候間:<めいげつごろまでそこもとここもとしょうゆうつかまつるべくそうろうあいだ>と読む。8月15日頃までは大津と膳所の間を行ったり来たりすることでしょうから、の意。
先は何も事も降不レ来内に:<まずはなにもこともふりきたらずうちに>と読む。雪が降る前にというには季節が合わないので、降ってくるのは厄介なことの意らしい。
此かたまぎれ候間、形見に御所持可レ置:こちらはおちつかないので、貴殿に預けておいた『荘子』は私の形見として持っていて下さい、の意。
此度御厚志忝、態世間めき候へば、御礼不レ具:<このたびごこうしかたじけなく、わざとせけんめきそうらえば、おれいつぶさならず>と読む。大変お世話になり、御礼に上がるべきところですが、世間並みの月並みなのでわざと参りません、の意。