鳴海の蕉門知足(寂照)宛の書簡である。先に知足から贈られてきたと思しき宮重大根の御礼、短冊13枚を桐葉宛に送ったことなどが書かれている。特筆すべき記事は特にない。
殊更御国名物宮重大根弍本被レ懸二芳慮一忝:<ことさらおくにめいぶつみやしげだいこんにほんほうりょにかけられかたじけなく>と読む。宮重大根は尾張大根のこと。愛知県西春日井郡春日村宮重が原産とされることからこう呼ばれた。
何角心中障る事共出来延引:<なにかとしんちゅうさわることどもしゅったいえんいん>と読む。いろいろ気がかりなことがあって上京するのが延び延びになってしまいました、の意。
浮生余り自由さに心変猶々難レ定候:<ふせいあまりじゆうさにこころがわりなおなおさだめがたくそうろう>と読む。何しろ自由な身ゆえ気が変ることがしばしばで、の意。
七左衛門殿:短冊13枚を大垣藩主戸田氏の便に頼んで七左衛門宛に送った。七左衛門とは、熱田の門人林桐葉のこと。
猶追々力次第に頼候而上せ可レ申候間:<なおおいおいちからしだいにたのみそうろうてのぼせもうすべくそうろうかん>と読む。引き続き江戸の(他流派の皆さんにも)可能な限り短冊への揮毫をお願いし、御送りしますので、の意。
老養御楽み可レ被レ成候:<ろうようおたのしみなさるべくそうろう>と読む。老後のお楽しみに俳句など作って頂きたいものです、の意。
猶思ひ付候而重而此便りに可レ懸二御目一候:<なおおもいつきそうらいてかさねてこのたよりにおめにかくべくそうろう>と読む。直前で、近ごろは発句も作らず他人の作にも目を通していないといいながら、この便りには句を作って送ったというのであるが不明。短冊の中にでもあるか?