膳所の智月宛に伊賀上野から送った書簡。伊賀へ来たのは、おそらく1月6日〜8日ごろ。体調の悪い状況での帰省だったらしい。
六兵衛とめ申候:六兵衛は乙州の家僕らしい。智月の命令で、智月尼の贈った土産を届けるために芭蕉を訪れたときに一晩泊っていったのであろうか。翌朝、六兵衛に伊賀行きの手配をさせたのであろう。そういうわけだから叱らないでくれというのである。
おにのやうになり候て、しきものゝふとんもいらざるやうになり候て、御めにかけ可レ申候:伊賀に帰省したので、この春中に健康を回復して鬼のように頑健になったら、また膳所に戻ってお会いしますよ、の意。 しかし、伊賀へ帰る時は大変で、駕篭に分厚い座布団を入れて、病人に準じて搬送したのであろう。
水なは方ばうへわけて送り、さけはでししゆにふるまひ候:水菜も鮭も智月が贈ってくれた伊賀への土産だったのであろう。水菜は近所へ配って、鮭は弟子たちに分けてあげました、の意 。この時代、伊賀では、鮭など海産物は滅多に口にできなかったであろう。智月尼のやさしさが偲ばれる話。