徒然草(下)

第214段 想夫恋といふ楽は、女、男を恋ふる故の名にはあらず


 想夫恋といふ楽は*、女、男を恋ふる故の名にはあらず、本は相府蓮、文字の通へるなり。晋の王倹、大臣として、家に蓮を植ゑて愛せし時の楽なり。これより、大臣を蓮府といふ。

 廻忽も廻鶻なり*。廻鶻国とて、夷のこはき国あり。その夷、漢に伏して後に、来りて、己れが国の楽を奏せしなり。

想夫恋といふ楽は:中国渡来の雅楽の名曲。「相府蓮」とも「想夫憐」とも書く(文字の通へるなり=似ているので想夫恋などと書いた。)。中国南斉の王儉という人が、自宅の池のハスの花を見ながら作曲したという。それからの言い伝えで、大臣のことを蓮府<れんぷ>と言うという。

廻忽も廻鶻なり:<かいこつもかいこつなり>と読む。廻忽は、これも中国渡来の楽曲。ただし、廻忽ではなくて廻鶻<かいこつ>である。廻鶻国はウィグルのこと。


 「想夫恋」は『平家物語』で小督の悲劇を綴った個所で使われて以来、定着したといわれている。


 そうふれんといふがくは、おんな、おとこをこうるゆえのなにはあらず、もとはそうふれん、もじのかよえるなり。しんのおうけん、だいじんとして、いえにはちすをうえてあいせしときのがくなり。これより、だいじんをれんぷという。

 かいこつもかいこつなり。かいこつこくとて、えびすのこわきくにあり。そのえびす、かんにふくしてのちに、きたりて、おのれがくにのがくをそうせしなり。