徒然草(上)

第26段 風も吹きあへずうつろふ、人の心の花に


 風も吹きあへずうつろふ、人の心の花に*、馴れにし年月を思へば、あはれと聞きし言の葉ごとに忘れぬものから*、我が世の外になりゆくならひこそ*、亡き人の別れよりもまさりてかなしきものなれ。

 されば、白き糸の染まんことを悲しび、路のちまたの分れんことを嘆く人もありけんかし*。堀川院の百首の歌の中に*

  昔見し妹が墻根は荒れにけりつばなまじりの菫のみして

さびしきけしき、さる事侍りけん。

風も吹きあへずうつろふ、人の心の花に:風の吹く間にも 散ってしまう(桜の)花のように、変わりやすい人の心は、。小野小町の歌「色見えでうつろふものは世の中の人の心の花にぞありかえる」(『古今集』巻15) をふまえた表現。

あはれと聞きし言の葉ごとに忘れぬものから:しみじみと聞いた言葉一つ一つも忘れられないところから、。

我が世の外になりゆくならひこそ:死別ではないのに、自分と疎遠になっていってしまう人。 そういうことは、死別した人以上に悲しい、というのである。

されば、白き糸の染まんことを悲しび、路のちまたの分れんことを嘆く人もありけんかし:『蒙求<もうぎゅう>』は中国唐代の類書。その中にある話を引用して。白い糸と言えどもやがて黄色く黒く変色するだろうし、一本道も岐路にさしかかれば別れが待っている。これを悲しむ人もあるだろう。 

堀川院の百首の歌の中に:「堀河院御時百首和歌」のこと。この中の藤原公実の歌が、昔見し妹が垣根は荒れにけりつばなまじりのすみれのみして」。 「つばな」は茅<かや>のこと。 


別離に悲しさ、さみしさ。


 かぜもふきあえずうつろう、ひとのこころのはなに、なれにしとしつきをおもえば、あ われとききしことのはごとにわすれぬものから、わがよのほかになりゆくならいこそ、なきひとのわかれよりもまさりてかなしきものなれ。

 されば、しろきいとのそまんことをかなしび、みちのちまたのわかれんことをなげくひともありけんかし。ほりかわいんのひゃくしゅのうたのなかに、

  むかしみしいもがかきねはあれにけりつばなまじりのすみ れのみして

さびしきけしき、さることはべりけん。