No25.「女、氏無くして玉の輿に乗る」

毎年庚申待の夜には、江戸深川の宿屋の主・甚兵衛さんは、年来のお得意を集めて一年の感謝の集いを開いていた。

主 : おい、在から来た名主の権平さんよぉ。あんたの在所で何か変わった話があったらみんなに聞かせてやってみちゃぁどうだい。

権平: まあ、みんなに話すほどのことでもねぇけんどもな、俺の在所に住んでいた女の出世話でもすっぺぇかね。

主 : うん、何でもいいや話してみなぁね。

権兵: 俺の村にオカンコという器量よしの女の子が居たんだでば。年は18でな、あまり器量がいいんで若いもんが何だかんだといって言い寄ってくるだども、オカンコは男嫌れぇでよ、おまけにめっぽう力が強いんで、言い寄る男はみんな吹っ飛ばされてしまうだ。
 あるときのこと、そのオカンコが川で洗濯をしていると、川の中から毛むくじゃらの手がにょきっと出てきてぇ、オカンコの股ぐらに入ってきたと思いなんせぇ。オカンコが「何するだ! この助兵衛ぇ」と言ってその腕を引っ張り上げると、大きなムジナだぁな。それをオカンコはグルグル振り回しておいてどっと岩にぶっつけたから堪らねぇ。ムジナのやつぁ「うーん」と言ってうっ死んじまっただ。それをオカンコは拾ってきて、ムジナ汁にして「みんなも食うべぇ」と言ったが、みんなは気持ち悪がって食べなかっただ。

主 : 権平さんよ、ムジナだの狸だのってんで、俺たちを騙そうってんじゃないだろうね?

権平: うんにゃぁ、嘘じゃねぇ。この話を聞きつけたお殿様が「天晴れな女だ、そんな強い女にゃ会ってみてぇもんだ」といってオカンコをお城に呼んだだ。そうするとほれ大層な美人だからお殿様が お惚れっちまってよ、ついにお手がついてヤヤコが生まれただ。しかもそれが男の子でよ、本妻さんに男の子が無かったからお世取り様だってんで、オカンコは「オカンコの方様」って事になったんだでば。

主 : ほう、そりゃすごい出世だ!

権平: そうよ、どうしてこうなったか分かるけぇ? その訳をよぉ?

主 : 美人だったからかい?

権兵: そうじゃねぇ!

主 : 力持ちだったから、かい?

権平: そうじゃねぇ! そりゃ、昔から「オンナ、ムジナクッテタマノコシィノル」って言うからよ!

主 : 「よせやい!!!」


庚申待:庚申(こうしん・かのえさる)の日に、仏家では帝釈天(たいしやくてん)・青面金剛(しようめんこんごう)を、神道では猿田彦を祀(まつ)って徹夜をする行事。この夜眠ると体内にいる三尸(さんし)の虫が抜け出て天帝に罪過を告げ、早死にさせるという道教の説によるといわれる。日本では平安時代以降、陰陽師によって広まり、経などを読誦し、共食・歓談しながら夜を明かした。庚申。庚申会(こうしんえ)。おさるまち。さるまち。(『大字林』参照)