大和國長尾の里と云処ハ、さすがに都遠きにあらず、山里ながら山里に似ず。あるじ心有さまにて、老いたる母のおハしけるを、其家のかたへにしつらひ、庭前に木草のおかしげなるを植置て、岩尾めづらかにすゑなし、手づから枝をたハめ石を撫ては、「此山蓬莱の嶋ともなりね、生薬とりてんよ」と老母につかへ、慰めなんどせし実有けり。「家貧して孝をあらハす」とこそ聞なれ、貧しからずして功を尽す。古人も難事になんいゝける。
芭蕉庵 桃青 在印