猿蓑

猿蓑集 巻之五


 
  猿蓑集 巻之五
 
 
   

                 去来

鳶の羽も刷ぬはつしぐれ

 一ふき風の木の葉しづまる     芭蕉

股引の朝からぬるゝ川こえて     凡兆

 たぬきをゝどす篠張の弓      史邦

まいら戸に蔦這かゝる宵の月      蕉

 人にもくれず名物の梨        來

かきなぐる墨繪おかしく秋暮て     邦

 はきごゝろよきめりやすの足袋    兆

何事も無言の内はしづかなり      來

 里見え初て午の貝ふく        蕉

ほつれたる去年のねござのしたゝるく  兆

 芙蓉のはなのはらはらとちる     邦

吸物は先出來されしすいぜんじ     蕉

 三里あまりの道かゝえける      來

この春も盧同が男居なりにて      邦

 さし木つきたる月の朧夜       兆

苔ながら花に並ぶる手水鉢       蕉

 ひとり直し今朝の腹だち       來

いちどきに二日の物も喰て置      兆

 雪 げにさむき嶋の北風        邦

火ともしに暮れば登る峯の寺      來

 ほとゝぎす皆鳴仕舞たり       蕉

痩骨のまだ起直る力なき        邦

 隣をかりて車引こむ         兆

うき人を枳穀垣よりくゞらせん     蕉

 いまや別の刀さし出す        來

せはしげに櫛でかしらをかきちらし   兆

 おもひ切たる死ぐるひ見よ      邦

青天に有明月の朝ぼらけ        來

 湖水の秋の比良のはつ霜       蕉

柴の戸や蕎麦ぬすまれて歌をよむ    邦

 ぬのこ着習ふ風の夕ぐれ       兆

押合て寝ては又立つかりまくら     蕉

 たゝらの雲のまだ赤き空       來

一構鞦つくる窓のはな         兆

 枇杷の古葉に木芽もえたつ      邦

  去来 九

  芭蕉 九

  凡兆 九

  史邦 九


                 凡兆

市中は物のにほいや夏の月

 あつしあつしと門々の聲      芭蕉

二番草取りも果さず穂に出て     去来

 灰うちたゝくうるめ一枚       兆

此筋は銀も見しらず不自由さよ     蕉

 たゞとひやうしに長き脇指      來

草村に蛙こはがる夕まぐれ       兆

 蕗の芽とりに行燈ゆりけす      蕉

道心のおこりは花のつぼむ時      來

 能登の七尾の冬は住うき       兆

魚の骨しはぶる迄の老を見て      蕉

 待人入し小御門の鎰         來

立かゝり屏風を倒す女子共       兆

 湯殿は竹の簀侘しき         蕉

茴香の實を吹落す夕嵐         來

 僧やゝさむく寺にかへるか      兆

さる引の猿と世を経る秋の月      蕉

 年に一斗の地子はかる也       來

五六本生木つけたる瀦         兆

 足袋ふみよごすKぼこの道      蕉

追たてゝ早き御馬の刀持        來

 でつちが荷ふ水こぼしたり      兆

戸障子もむしろがこひの賣屋敷     蕉

 てんじやうまもりいつか色づく    來

こそこそと草鞋を作る月夜さし     兆

 蚤をふるひに起し初秋        蕉

そのまゝにころび落たる升落      來

 ゆがみて蓋のあはぬ半櫃       兆

草庵に暫く居ては打やぶり       蕉

 いのち嬉しき撰集のさた       來

さまざまに品かはりたる恋をして    兆

 浮世の果は皆小町なり        蕉

なに故ぞ粥すゝるにも涙ぐみ      來

 御留守となれば廣き板敷       兆

手のひらに蚤這はする花のかげ     蕉

 かすみうごかぬ昼のねむたき     來

  凡兆 十二

  芭蕉 十二

  去来 十二


                 凡兆

灰汁桶の雫やみけりきりぎりす

 あぶらかすりて宵寝する秋     芭蕉

新疊敷ならしたる月かげに      野水

 ならべて嬉し十のさかづき     去来

千代経べき物を様々子日して      蕉

 鶯の音にたびら雪降る        兆

乗出して肱に餘る春の駒        來

 摩耶が高根に雲のかゝれる      水

ゆふめしにかますご喰へば風薫     兆

 蛭の口處をかきて氣味よき      蕉

ものおもひけふは忘れて休む日に    水

 迎せはしき殿よりのふみ       來

金鍔と人によばるゝ身のやすさ     蕉

 あつ風呂 ずきの宵々の月       兆

町内の秋も更行明やしき        來

 何を見るにも露ばかり也       水

花とちる身は西念が衣着て       蕉

 木曽の酢茎に春もくれつゝ      兆

かへるやら山陰傅ふ四十から      水

 柴さす家のむねをからげる      來

冬空のあれに成たる北颪        兆

 旅の馳走に有明しをく        蕉

すさまじき女の智慧もはかなくて    來

 何おもひ草狼のなく         水

夕月夜岡の萱ねの御廟守る       蕉

 人もわすれしあかそぶの水      兆

うそつきに自慢いはせて遊ぶらん    水

 又も大事の鮓を取出す        來

堤より田の青やぎていさぎよき     兆

 加茂のやしろは能き社なり      蕉

物うりの尻聲高く名乗すて       來

 雨のやどりの無常迅速        水

昼ねぶる青鷺の身のたふとさよ     蕉

 しょろしょろ水に藺のそよぐらん   兆

糸櫻腹いつぱいに咲にけり       來

 春は三月曙のそら          水

  凡兆 九

  芭蕉 九

  野水 九

  去来 九


  餞乙東武行         芭蕉

梅若菜まりこの宿のとゝろ汁

 かさあたらしき春の曙       乙

雲雀なく小田に土持比なれや     珍碩

 しとぎ祝ふて下されにけり     素男

片隅に虫齒かゝへて暮の月       

 二階の客はたゝれたるあき      蕉

放やるうづらの跡は見えもせず     男

 稲の葉延の力なきかぜ        碩

ほつしんの初にこゆる鈴鹿山      蕉

 内藏頭かと呼聲はたれ        

卯の刻の簔手に並ぶ小西方       碵

 すみきる松のしづかなりけり     男

萩の札すゝきの札によみなして     

 雀かたよる百舌鳥の一聲      智月

懐に手をあたゝむる秋の月      凡兆

 汐さだまらぬ外の海づら       

鑓の柄に立すがりたる花のくれ    去来

 灰まきちらすからしなの跡      兆

春の日に仕舞てかへる経机      正秀

 店屋物くふ供の手がはり       來

汗ぬぐひ端のしるしの紺の糸     半残

 わかれせはしき 鶏の下         土芳

大胆におもひくづれぬ恋をして     残

 身はぬれ紙の取所なき        芳

小刀の蛤刃なる細工ばこ        残

 棚に火ともす大年の夜       園風

こゝもとはおもふ便も須广の浦    猿雖

 むね打合せ着たるかたぎぬ      残

此夏もかなめをくゝる破扇       風

 醤油ねさせてしばし月見る      雖

咳聲の隣はちかき縁づたひ       芳

 添へばそふほどこくめんな顔     風

形なき繪を習ひたる會津盆      嵐蘭

 うす雪かゝる竹の割下駄      史邦

花に又ことしのつれも定らず     野水

 雛の袂を染るはるかぜ       羽紅

  芭蕉 三  去来 二  嵐蘭 一

  乙п@五  正秀 一  史邦 一

  珍碩 三  半残 四  野水 一

  素男 三  土芳 三  羽紅 一

  智月 一  園風 三

  凡兆 二  猿雖 二



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