去来抄（先師評）

S01

蓬莱に聞ばやいせの初だより

先師評外人之評有といへども先師の一言まじる物は此に記す*

　

　　　蓬莱に聞ばやいせの初だより 　　芭蕉

深川よりの文に、此句さまざまの評有、汝いかヾ聞侍るやと也*。去来曰、都古郷の便ともあらず、いせと侍るは元日の式の今様ならぬに、神代をおもひ出でて*、便聞ばやと道祖神の、はや胸中をさはがし奉るとこそ承り侍ると申*。先師返事に曰、汝聞處にたがはず。今日神のかうがう敷あたりをおもひ出て、慈鎮和尚の詞にたより、初の一字を吟じ侍る計なりと也*。清浄のうるはし、神祇のかうがうしきあたりを、蓬莱に対して結たる迄也*。汝が聞る所珍重ト也*。
　

深川よりの文に、此句さまざまの評有、汝いかヾ聞侍るやと也：＜ふかがわよりのふみに、このくさまざまのひょうあり、なんじいかがききはべるやとなり＞。深川よりの文は、芭蕉が去来に宛てた江戸深川の芭蕉庵から書き送った手紙のこと。「蓬莱の・・」の句について様々な批評があるが君は如何思うか？と尋ねられたというのである。
都古郷の便ともあらず、いせと侍るは元日の式の今様ならぬに、神代をおもひ出でて：＜みやこふるさとのたよりともあらず、いせとはべるはがんじつのしきのいまようならぬ、かみよをおもいいでて＞。一句の「伊勢の初たより」とあるのは、正月のしきたりに蓬莱という、京都でもなく故郷伊賀でもなく神代の昔の伊勢の風習が思い出されて、これを結句に附けたものである。
便聞ばやと道祖神の、はや胸中をさはがし奉るとこそ承り侍ると申：＜たよりきかばやとどうそじんの、はやきょうちゅうをさわがしたてまつるとこそうけたまわりはべるともうす＞。伊勢神宮の神々からの連想で、あの道祖神が師の旅心を刺激するのであろうと、私は解釈しております。事実、この年芭蕉は最後の西上の旅に出て不帰の人となったのである。
慈鎮和尚の詞にたより、初の一字を吟じ侍る計なりと也：＜じちんおしょうのことばにたより、はつのいちじをぎんじはべるばかりなりとなり＞。慈鎮は、天台座主慈円の諡号(しごう)。慈円は九条兼実の弟で、『愚管抄』の著者。芭蕉の歳旦句は慈円の歌「このごろは伊勢に知る人おとづれて便り色ある花柑子かな」（『拾玉集』）に刺激されて、「初」の一字を入れて作句したものであることを披瀝したという。
清浄のうるはし、神祇のかうがうしきあたりを、蓬莱に対して結たる迄也：＜せいじょうのうるわし、じんぎのこうごうしきあたりを、ほうらいにたいしてむすびたるまでなり＞。清浄で麗々しい神々の伝統を、蓬莱にかこつけて詠んだまでのことです。
汝が聞る所珍重ト也：＜なんじがきけるところちんとうとなり＞。去来よあなたの解釈は実に的確です。