芭蕉db

奥の細道


 からびたるも艶なるも、たくましきも、はかなげなるも、おくの細道もて行に*、おぼえずたちて手をたゝき、伏て村肝を刻む*。一般は蓑をきるきるかゝる旅せまほしと思立*、一たびは坐してまのあたりに奇景をあまんず*。かくて百般の情に、鮫人が玉を筆にしめしたり*。旅なる哉、器なるかな。なげかしきは、かうやうの人のいとかよはげにて、眉の霜のをきそうふぞ*

元禄七年初夏

素竜書

 

表紙 年表


  • からびたるも艶なるも、たくましきも、はかなげなるも、おくの細道もて行に:枯淡の風情も、力強い情景も、かぼそげなるものも、この『奥の細道』を読み進めていくと、の意。
  • おぼえずたちて手をたゝき、伏て村肝を刻む:思わず、感動のあまり立ち上がって手をたたき、またある時は伏して五臓六腑をえぐられるような深い感動を味わうであろう。
  • 一般は蓑をきるきるかゝる旅せまほしと思立:<ひとたびはみのをきる・・>と読む。本書を読んでいるうちに自分も蓑を着て旅に出ようかと誘われたり、。
  • 一たびは坐してまのあたりに奇景をあまんず:またある時は、坐したまま奇景を見た気になって満足してしまう。
  • 鮫人が玉を翰にしめしたり:<こうじんがぎょくをふでにしめしたり>と読む。「鮫人」は人魚のこと。その目から涙が流れると玉になるという。『奥の細道』は、まさに鮫人がその目からしぼり出す玉である。
  • なげかしきは、かうやうの人のいとかよはげにて、眉の霜のをきそうふぞ:ただ、心配なのは、この著者の健康で、すでに弱々しく見えるし、その眉は白い。本文執筆時に素竜には芭蕉の健康が気遣われたということである。