人の、物を問ひたるに、知らずしもあらじ、ありのまゝに言はんはをこがましとにや*、心惑はすやうに返事したる、よからぬ事なり。知りたる事も、なほさだかにと思ひてや問ふらん*。また、まことに知らぬ人も、などかなからん*。うらゝかに言ひ聞かせたらんは、おとなしく聞えなまし*。
人は未だ聞き及ばぬ事を、我が知りたるまゝに、「さても、その人の事のあさましさ」などばかり言ひ遣りたれば*、「如何なる事のあるにか」と、押し返し問ひに遣るこそ、心づきなけれ*。世に古りぬる事をも、おのづから聞き洩すあたりもあれば*、おぼつかなからぬやうに告げ遣りたらん、悪しかるべきことかは。
かやうの事は、物馴れぬ人のある事なり*。
知らずしもあらじ、ありのまゝに言はんはをこがましとにや:そんなことを知らないわけでもなかろうと思って、ありのままに言うのは、馬鹿らしいと思って、。
知りたる事も、なほさだかにと思ひてや問ふらん:知っていることだが、もっと詳しく知りたいと思って尋ねているのかもしれない。
また、まことに知らぬ人も、などかなからん:また、どうして、本当に知らない人が、いないわけがあろうか? そういう人が尋ねているのかもしれないではないか、の意。
うらゝかに言ひ聞かせたらんは、おとなしく聞えなまし:おおらかに説明したらばこそ、平穏に聞こえるではないか。
人は未だ聞き及ばぬ事を、我が知りたるまゝに、「さても、その人の事のあさましさ」などばかり言ひ遣りたれば:他の誰も知らないことを、自分が知っているままに「それにしても、その人のことは大変なことだった」などと誰かに聞かせたら、。その人は、。。。
心づきなけれ:不愉快なっことだ。
おのづから聞き洩すあたりもあれば:自然に聞き漏らしてしまったというような人もいるのだから、。
かやうの事は、物馴れぬ人のある事なり:このように物事をちゃんと話してやれないなんて人は、物慣れない人のやることなのだ。
情報はちゃんと人に伝えよ、という意味の兼好法師のコミュニケーション論。
ひとの、ものをといたるに、しらずしもあらじ、ありのままにいわんをおこがましとにや、こころまどわすようにかえりことしたる、よからぬことなり。しりたることも、なおさだかにとおもいてやとうらん。また、まことにしらぬひとも、などかなからん。うら らかにいいきかせたらんは、おとなしくきこえなまし。
ひとはいまだききおよばぬことを、わがしりたるままに、「さても、そのひとのことのあさましさ」などばかりいいやりたれば、「いかなることのあるにか」と、おしかえしといにやるこそ、こころづきなけれ。よにふり ぬることをも、おのずからききもらすあたりもあれば、おぼつかなからぬようにつげやりたらん、あしかるべきことかは。
かようのことは、ものなれぬひとのあることなり。