徒然草(下)

第209段 人の田を論ずる者、訴へに負けて、


 人の田を論ずる者*、訴へに負けて、ねたさに*、「その田を刈りて取れ」とて、人を遣しけるに、先づ、道すがらの田をさへ刈りもて行くを*、「これは論じ給ふ所にあらず。いかにかくは*」と言ひければ、刈る者ども、「その所とても刈るべき理なけれども、僻事せんとて罷る者なれば、いづくをか刈らざらん*」とぞ言ひける。

 理、いとをかしかりけり。

人の田を論ずる者:他人の所有している田んぼを、自分のものだといって訴訟に訴えた人。

訴へに負けて、ねたさに:だが、その訴訟に敗北したので、くやしいから、。

道すがらの田をさへ刈りもて行くを:敗北した相手の田の稲を刈り取らせるために派遣した下っ端どもは、その途中の田んぼまで刈り取っていった。

これは論じ給ふ所にあらず。いかにかくは:これは訴訟の対象となった田ではない。どうしてこんなことをするのか?とみんなが言った。

その所とても刈るべき理なけれども、僻事せんとて罷る者なれば、いづくをか刈らざらん:訴訟相手の田んぼだって刈って良い訳はないのに、乱暴狼藉をしようっていうんだから、その他の無縁の所の田を刈るのに何の不都合があろうか。毒を食らわば皿までも、という訳。この屁理屈は面白いと、作者はあきれ果てているのである。


 何時の時代も悪党というものは、悪党の論理で生きていたのであろう。


 ひとのたをろんずるもの、うったえにまけて、ねたさに、「そのたをかりてとれ」とて、ひとをつかわしけるに、まず、みちすがらのたをさへかりもてゆくを、「これはろんじたもうところにあらず。いかにかくは」といいければ、かるものども、「そのところとてもかるべきことわりなけれども、ひがごとせんとてまかるものなれば、いずくをかからざらん」とぞいいける。

 ことわり、いとをかしかりけり。