徒然草(下)

第189段 今日はその事をなさんと思へど、


 今日はその事をなさんと思へど、あらぬ急ぎ先づ出で来て紛れ暮し、待つ人は障りありて、頼めぬ人は来たり*。頼みたる方の事は違ひて、思ひ寄らぬ道ばかりは叶ひぬ*。煩はしかりつる事はことなくて、易かるべき事はいと心苦し*。日々に過ぎ行くさま、予て思ひつるには似ず。一年の中もかくの如し。一生の間もしかなり。

 予てのあらまし、皆違ひ行くかと思ふに、おのづから、違はぬ事もあれば、いよいよ、物は定め難し。不定と心得ぬるのみ、実にて違はず*

待つ人は障りありて、頼めぬ人は来たり:会いたくて待っていた人は来られなくなって、当てにしていなかった人がやってきたり、。

頼みたる方の事は違ひて、思ひ寄らぬ道ばかりは叶ひぬ:期待している事は実現されず、思いがけない事ばかりが発生する。

煩はしかりつる事はことなくて、易かるべき事はいと心苦し:煩雑な事と思われていた方が案に相違して簡単にいき、簡単だと思っていたものがタフであったりして、。

不定と心得ぬるのみ、実にて違はず:全て現実は、「不定<ふじょう>」と思っていれば、間違いはないのだ。


 一生涯は、何もかもうまくいかないかと思っていると、たまには何かいいこともある。これは何だと言えば、「不定と心得ぬるのみ、実にて違はず」である。


 きょうはそのことをなさんとおもえど、あらぬいそぎまずいできてまぎれくらし、まつひとはさわりありて、たのめぬひとはきたり。たのみたるかたのことはたがいて、おもいよらぬみちばかりはかないぬ。わずらわしかりつることはことなくて、やすかるべきことはいとこころぐるし。ひびにすぎゆくさま、かねておもいつるにはにず。ひととせのうちもかくのごとし。いっしょうのあいだもしかなり。

 かねてのあらまし、みなたがいゆくかとおもうに、おのずから、たがわぬこともあれば、いよいよ、ものはさだめがたし。ふじょうとこころえぬるのみ、まことにてたがわず。