徒然草（下）

第186段　吉田と申す馬乗りの申し侍りしは、

　吉田と申す馬乗りの申し侍りしは*、「馬毎にこはきものなり*。人の力争ふべからずと知るべし*。乗るべき馬をば、先づよく見て、強き所、弱き所を知るべし。次に、轡・鞍の具に危き事やあると見て、心に懸る事あらば、その馬を馳すべからず。この用意を忘れざるを馬乗りとは申すなり。これ、秘蔵の事なり*」と申しき。

吉田と申す馬乗りの申し侍りしは：「吉田」という乗馬の名人については伝未詳。

馬毎にこはきものなり：馬というものは全て怖いものだ。

人の力争ふべからずと知るべし：人力で張り合うというようなものではないと知るべし。

これ、秘蔵の事なり：「秘蔵」は秘訣のこと。

　極く当たり前のことを名人は言っているのだが、この当たり前が守られない。 この馬についての注意事項は、そのまま現代の自家用自動車に乗るときの心得に適用できそうだ。

　よしだともうすうまのりのもうしはんべりしは、「うまごとにこわきものなり。ひとのちからあらそうべからずとしるべし。のるべきうまをば、まずよくみて、こわきところ、よわきところをしるべし。つぎに、くつわ・くらのぐにあやうきことやあるとみて、こころにかかることあらば、そのうまをはすべからず。このよういをわすれざるをうまのりとはもうすなり。これ、ひぞうのことなり」ともうしき。