大納言法印の召使ひし乙鶴丸*、やすら殿といふ者を知りて*、常に行き通ひしに、或時出でて帰り来たるを、法印、「いづくへ行きつるぞ」と問ひしかば、「やすら殿のがり罷りて候ふ」と言ふ。「そのやすら殿は、男か法師か*」とまた問はれて、袖掻き合せて*、「いかゞ候ふらん。頭をば見候はず」と答へ申しき。
などか、頭ばかりの見えざりけん*。
大納言法印の召使ひし乙鶴丸、やすら殿といふ者を知りて:大納言が誰でよって召使の乙鶴丸が誰か未詳。よって「やすら殿」も不明だが、乙鶴丸の友人 。
やすら殿といふ者を知りて:「やすら殿」はもちろん不詳。作者にとっても不明。
そのやすら殿は、男か法師か:その「やすら」なる者は、在俗の男性なのか、僧侶なのかと聞いているのである。なぜ、男と決めてかかるのであろう?
袖掻き合せて:<そでかきあわせて>と読む。こんなことを詰問されて慌ててしまったのだろう。
などか、頭ばかりの見えざりけん:どうして、頭だけが見えないのだ?
「などか、頭ばかりの見えざりけん」??
だいなごんほういんのめしつかいしおとづるまる、やすらどのといふものをしりて、つねにいきかよいしに、あるときいでてかえりきたるを、ほういん、「いづくへいきつるぞ」とといしかば、「やすらどののがりまかりてそうろう」という。「そのやすらどのは、おとこかほうしか」とまたとわれて、そでかきあわせて、「いかゞそうろうらん。 かしらをばみそうらわず」とこたえもうしき。
などか、かしらばかりのみえざりけん。