徒然草(上)

第90段 大納言法印の召使ひし乙鶴丸


 大納言法印の召使ひし乙鶴丸*、やすら殿といふ者を知りて*、常に行き通ひしに、或時出でて帰り来たるを、法印、「いづくへ行きつるぞ」と問ひしかば、「やすら殿のがり罷りて候ふ」と言ふ。「そのやすら殿は、男か法師か*」とまた問はれて、袖掻き合せて*、「いかゞ候ふらん。頭をば見候はず」と答へ申しき。

 などか、頭ばかりの見えざりけん*

大納言法印の召使ひし乙鶴丸、やすら殿といふ者を知りて大納言が誰でよって召使の乙鶴丸が誰か未詳。よって「やすら殿」も不明だが、乙鶴丸の友人 。

やすら殿といふ者を知りて:「やすら殿」はもちろん不詳。作者にとっても不明。

そのやすら殿は、男か法師か:その「やすら」なる者は、在俗の男性なのか、僧侶なのかと聞いているのである。なぜ、男と決めてかかるのであろう?

掻き合せて:<そでかきあわせて>と読む。こんなことを詰問されて慌ててしまったのだろう。

などか、頭ばかりの見えざりけん:どうして、頭だけが見えないのだ?


「などか、頭ばかりの見えざりけん」??


 だいなごんほういんのめしつかいしおとづるまる、やすらどのといふものをしりて、つねにいきかよいしに、あるときいでてかえりきたるを、ほういん、「いづくへいきつるぞ」とといしかば、「やすらどののがりまかりてそうろう」という。「そのやすらどのは、おとこかほうしか」とまたとわれて、そでかきあわせて、「いかゞそうろうらん。 かしらをばみそうらわず」とこたえもうしき。

 などか、かしらばかりのみえざりけん。