徒然草(上)

第51段 亀山殿の御池に大井川の水をまかせられんとて


 亀山殿の御池に大井川の水をまかせられんとて*、大井の土民に仰せて、水車を作らせられけり。多くの銭を給ひて、数日に営み出だして*、掛けたりけるに、大方廻らざりければ*、とかく直しけれども、終に廻らで、いたづらに立てりけり*

 さて、宇治の里人を召して*、こしらへさせられければ、やすらかに結ひて参らせたりけるが*、思ふやうに廻りて、水を汲み入るゝ事めでたかりけり。

 万に、その道を知れる者は、やんごとなきものなり*

亀山殿の御池に大井川の水をまかせられんとて:「亀山殿」は後嵯峨天皇が建長年間に造った仙洞御所で、嵯峨野のほとんどを含む広大な御所であった。「大井川」は保津川で、ちょうど嵯峨野の嵐山の下を流れる間を大井川と呼び、渡月橋から下を桂川といった。一文は、大井川から亀山殿に水車を使って水を引き入れる土木事業のこと。 なお、この亀山殿については、土地の造成中に無数の蛇が出てきたことが第207段に見える。

多くの銭を給ひて、数日に営み出だして:大金をつかい、「数日=数多い日数を使って」の意。

大方廻らざりければ:全然、水車が回らなかった。

いたづらに立てりけり:何の役にも立たなかった、の意

宇治の里人を召して:「宇治の里人」は、現在の宇治市の民衆で、彼らは宇治川の水利用技術を体得していたので生活の知恵を十分に持っていたのである。

やすらかに結ひて参らせたりけるが:やすやすと水車を組み立てて。

万に、その道を知れる者は、やんごとなきものなり:万事、その道に優れている人というものは、尊いものだ、の意。


 「万に、その道を知れる者は、やんごとなきものなり」近頃、「道」を知らないものが、先導しているのでこの国のすべての部署の何もかもが「いたづらに立てりけり」となっているようだが、、、。


 かめやまどののみいけにおおいがわのみずをまかせられんとて、おおいのどみんにおおせて、みずぐるまをつくらせられけり。おおくのあしをたまいて、すじつにいとなみいだして、かけたりけるに、おおかためぐらざりければ、とかくなおしけれども、ついに まわらで、いたずらにたてりけり。

 さて、うじのさとびとをめして、こしらえさせられければ、やすらかにゆいてまいらせたりけるが、おもうようにめぐりて、みずをくみいるることめでたかりけり。

 よろずに、そのみちをしれるものは、やんごとなきものなり。