21財団<産業情報山梨>誌9月号巻頭言原稿

 『インターネットはビッグバン』(後編)

 

 インターネットのIPプロトコルはベストエフォートであって,努力はするが責任は取らない通信規約であると書きました.通信や放送は,相手先にひずみ無く情報の「波形」を伝送するものである,というのがアナログ時代の通信技術でした.雑音と波形歪みとの闘い,これこそ通信技術者の苦しみであり誇りでもありました.通信がディジタルになったからといってこの闘いから解放されるわけではありません.ディジタルといえども所詮は10の信号波形を伝送することに変りはないからです.したがって,1,0のパルスを誤りなくしっかり遠距離に送ることが通信技術者の使命です.それなのにベストエフォートの名のもとに誤りがあっても平気で送って済ましているなど,技術屋魂をなんと心得るか,というのが我が国の電気通信に携わる人々の本当の気持ちでありました.そして,これが我が国のインターネットの開始と普及に手間暇を食わせてしまいました.
 こういう信号レベルの技術を物理層といいます.物理層での信頼性を増すことが通信品質を向上させる基本であるのは当然ですが,ここにあまり重きを置くと先ず第一に価格が上昇します.つぎに誤り訂正を大量に含みますから送りたい情報の伝送速度が遅くなり,結果的に時間単価が高くなります.インターネットでは,とりあえず物理層の誤りは入るかもしれないが,入らないかもしれない,入らなければ儲けもの,入ったらTCPで訂正しよう,というのです.これがベストエフォートの神髄です.
 いま多くの主要なネットワークは光ファイバで出来ていて,伝送中の誤りの混入はほとんどありません.ならば,物理層の信頼度を上げるよりじゃんじゃん送ってしまって,たまさか誤りが混入したら再送することで信頼度を向上させた方が有利だというのが,このコンセプトには入っていたのです.
 この国では,これを理解せず,通信業者は技術屋魂で,監督官庁は規制を振りかざして,物理層の精度向上に躍起になっているうちに,高い通信料金とインターネットの普及を遅らせることに相成りました.ビッグバンは,我が内なる精神の革新を伴わないと,実を取ることにならないという教訓でもあります.

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